『アフリカン・ポップスの誘惑』 多摩アフリカセンター=編

紹介:溝内 克之

「アフリカの音楽」と聞いてどのようなものがイメージされるだろうか。おそらく太鼓などの伝統的な楽器によって弾きだされたリズムにのった音楽だろう。近頃、アフリカへの関心の高まりに伴って、日本でもジェンベなどの太鼓の音を耳にする機会が増えているように思う。つい最近も「アフリカの太鼓や音楽をイベントでやってもらえませんか?」という問合わせが、アフリック・アフリカに2件も舞い込んできた。アフリカの音楽の人気は、じわじわ、じわじわと広がってきているようだ。アフリカといえば太鼓のリズム、リズムを刻めば説明いらずで「アフリカ」を体感できるからかもしれない。

さて、今回紹介する本は、「アフリカの音楽」について書かれたものだ。しかし、先の述べた太鼓のリズムにのった音楽とはすこしイメージの異なるポピュラー音楽について書かれている。「アフリカのポピュラー音楽」と聞いて、ぱっと歌手の名前や曲名を思いつく日本の人はそれほど多くないだろう。太鼓の音楽と比べて、まだまだ日本では馴染み深くない。

アフリカに滞在していると、実際のところ日常的に耳に入ってくるのは、太鼓の音よりも、ヒップ・ホップやラップ、R&B、レゲエなどなどが交じり合ったポピュラー音楽だ。早朝から夜遅くまで、街でも村でも、好きでも嫌いでも、常にどこかの家のラジオや音楽デッキから最大音量(!)で流されているそれらを耳にすることができる。

本書のタイトルは「アフリカン・ポップスの誘惑」。執筆者たちはその誘惑に飲み込まれてしまった人々だ。執筆者代表の八木(繁美:多摩アフリカ・センター)さんが中心となって「月刊アフリカ」(アフリカ協会)に連載していたエッセイに、新たな執筆者の原稿を付け加えたものだ。合計51曲が紹介されている。8人の執筆者全員が、長期にアフリカに滞在した経験を持つ。

本書の特徴は、なんといっても多様な年代、地域のアフリカン・ポップスの歌詞を掲載していることだ。「音楽は世界共通の言葉であり、充分楽しむことができます。でも、歌詞を理解すれば楽しみ方もまた違ったものになるでしょう」(p3)と八木さん。歌詞の背景にある人びとの生活や恋愛事情、若者の性、はたまた政治・社会問題など関しても説明が加えられている。そしてそれぞれのエッセイに、執筆者のアフリカへの思いや思い出が織り込まれている。

執筆者の一人伊藤裕子さんのメッセージは、痛快だ。「粋でお洒落で洗練された人生の知恵がいっぱい詰まったアフリカン・ポップス。それでいて、今の日本にはないくらっと来るようなエネルギー。癒しの音楽なんて目じゃないよ!アフリカン・ポップスの詩とリズムで生気を取り戻そう。今を生きるアフリカ人の恋や生活や人生観をしりたかったら、アフリカン・ポップスを聴け。」(p3)

実は私も、アフリカン・ポップスの誘惑に抗えなかった人間の一人だ。タンザニアのポップス「ボンゴ・フレーバー」と出会ったのは、今から10年ほど前、私がはじめてタンザニアに長期滞在(2年間)したときだ。渡航して数週間後、我が家は、ラジオから流れるスワヒリ語の音楽によって占拠されるようになった。はじめて購入したアルバムは歌姫Lady Jay Deeのデビュー・アルバム。当時、日本で私を待ってくれている恋人はいなかったが、Jay Deeの大ヒット曲「涙(machozi)」の「ゆっくり考えてみたの、そして分かったわ。そうあなたはもう戻らないことを」という歌詞に、本当に涙が出そうになった。また天才ラッパーProfessor Jayは私の先生だった。彼の軽妙なリズムと巧みに韻をふんだ歌詞に、タンザニアの若者の日常や夢、政治や社会問題を教えられた。

さて残念なことに、まだまだ日本でアフリカン・ポップスを聴ける機会は多くないだろう。本書で紹介されている曲や最近のアフリカン・ポップスを日本で手に入れるのは容易ではない。しかし、いまどきインターネット(例えばYoutubeなど)をのぞけば、本書で紹介されている多くの歌手の楽曲を、映像つきで鑑賞することができる。本の巻末にはアフリカン・ポップスを楽しむことが出来るインターネット・サイトも紹介されている。「本書を片手に、ネットでアフリカン・ポップスを楽しむ」という新しい音楽の聞き方はいかがだろうか。

書誌情報

出版社:春風社
発行日:2007/05/10
価格:1,600円+税
ISBN978-4-86110-108-3