『アフリカ漁民文化論――水域環境保全の視座』 今井一郎編

紹介:大石 高典

アフリカに生きる農耕民、狩猟民、牧畜民、都市民、商業民についての研究については、それぞれ多くの本が出ておりジャンルとして確立している。しかし、アフリカ大陸でみられる多様な生業のなかで漁撈・漁業はユニークな位置を占めているにもかかわらず、アフリカの漁民・漁師の世界についてはまだまだ研究がすくなく、体系化が遅れている。そうしたなか、本書は2013年に立ち上げられた、「アフリカ漁業研究会」のメンバーを中心とする11名の執筆陣によって執筆されている。

本書では、アフリカ各地の海、湖沼、そして河川での漁業を網羅しながら、民族誌のアプローチによって「アフリカ漁民」とはどのようなひとびとなのか、どんな共通点や相違点があるのかないのかが浮き彫りにされていく。その結果、「実際に漁獲生産を担う漁師だけではなく、その周辺で水産物加工にたずさわる人々や水産物流通に関わる仲買人、商人など」(本書序章:p. 10)が、重要なアクターとしてともに関わって構築されるものとして漁民文化を把握する視点が打ち出されている。

同時に、副題に示されているように水産資源利用の持続性や水域環境の保全といった資源管理や環境問題とのかかわりを意識して編まれているのも本書の特徴である。アフリカの地域漁業はかつてに比べてよりいっそうの産業化が進んでいる。そんななかで、漁業を持続的におこなっていくうえでなにが課題となっており、どのようにそれらの問題への対応が図られようとしているのか。これらの点について、それぞれの水域でおこなわれた長期間のフィールドワークに基づいて、多様な「アフリカ漁民」たちの視点を取り入れながら論じられている。

本論集には、アフリック会員から3名が寄稿しているので簡単に内容を紹介しておこう。
藤本麻里子による第5章「急成長するザンジバルのダガー産業と地域経済の活性化」では、隣国コンゴ民主共和国での動物性タンパク源の需要拡大に伴い、タンザニアのザンジバル島で盛んになったダガー漁産業の地元経済へのインパクトを論じている。ダガー産業の興隆は、現金収入の増加や食糧安全保障の向上など地域経済にポジティブな影響をもたらしているが、遠隔地であるコンゴにおける需要に依存したダガー産業のゆくすえは予断をゆるさない。
大石高典と共同研究者の萩原幹子による第6章「市場のアフリカ漁民たち―コンゴ共和国ブラザビル市のローカル・マーケットの観察から」は、内陸河川であるコンゴ川の漁業を都市の食との関連から捉えようと試みている。都市化がつづくコンゴ共和国の首都に暮らすひとびとの食生活に、コンゴ川の漁業資源がどのように貢献しているのか、誰がどのように水産資源を供給しているのかが把握される。漁師から消費者までをネットワークで捉える重要性が示される。
中川千草による「ギニア沿岸部における製塩業と水域環境保全の実態」は、漁獲ではなく製塩に着目して沿岸環境の持続的利用を論じている。製塩業は、沿岸地域の女性の貴重な現金収入源になってきたが、主要な生産方式である「煮沸式」では海水を煮詰めるのに薪としてマングローブをもちいてきた。外部からの圧力が高まるマングローブ保全の流れのなかで、製塩でなりわいを立てている人々の葛藤と模索が、外部からの支援団体との関係性を含めて描き出される。

目次
序章 アフリカ漁民文化の研究(中村亮・今井一郎)
第Ⅰ部 アフリカ漁民の知恵と技術
第1章 アルバート湖岸に生きる漁民の知恵―逆境を制御するための実践(田原範子)
第2章 ケニア共和国沿岸南部の魚かご漁における漁具と漁法(田村卓也)
第3章 ガーナ共和国首都アクラにおけるガ漁師の延縄漁(古澤礼太)
第Ⅱ部 アフリカ漁民の経済活動
第4章 ザンビア・カリバ湖の商業漁業―アクターの変化と資源をめぐる諸問題(伊藤千尋)
第5章 急成長するザンジバルのダガー産業と地域経済の活性化(藤本麻里子)
第6章 市場のアフリカ漁民たち―コンゴ共和国ブラザビル市のローカル・マーケットの観察から(大石高典・萩原幹子)
第Ⅲ部 アフリカ漁民の資源管理の課題
第7章 アフリカ内陸湿地の漁師たち―マラウイ国チルワ湖の調査から(今井一郎)
第8章 ドローン空撮によるマラウイ共和国の内水面漁業調査(山田孝子)
第9章 ギニア沿岸部における製塩業と水域環境保全の実態(中川千草)
第10章 アフリカ漁民社会の地域振興と資源管理の課題―タンザニア南部キルワ島の「魚景気」から(中村亮)
あとがき
執筆者紹介
索引

書誌情報

出版社:春風社
発行:2019年
単行本:304頁
定価:3700円(+税)
ISBN-13: 978-4861106439