『犬からみた人類史』大石高典・近藤祉秋・池田光穂=編

紹介:大石 高典

犬と人類が共に暮らすようになった歴史はおおよそ2~5万年程度と、人類進化の歴史全体の中では比較的最近のことである。しかしその数万年の間に両者は最も身近なパートナーとして関係を築いてきた。犬は、人の社会の内に深く入り込みながら人ではない、という不思議な存在になっている。犬と人の間の微妙な距離感の揺れ。そこから生まれる視差を使って、人類史を捉え直してみたらというのが本書のもとになっているアイデアである。

より個人的には、2002年から調査を続けているカメルーンの熱帯雨林のなかの村で出会った印象深い犬たちのことを書き残したいという気持ちがあった。最近私はアフリカの森とは対極とも言える東京の街なかに住んでいるが、コンクリートばかりの街にも犬がいて、私にたびたびカメルーンの犬を思い起こさせてくれる。かねがねアフリカと日本について同じ視点から研究がしてみたいと思っていた私にとって、犬は願ってもない思考の糸口になった。

中部アフリカ、内陸アラスカ、中米をフィールドにする共編者の人類学者3人は、2016年から2018年にかけて動物行動学、動物心理学、動物考古学、民俗学、現役の狩猟者など20人の共同研究者とともに議論を重ねた。その結果を、犬と人の関わりの始まりに焦点を当てる「第一部:犬革命」、関係の多様化を見る「第二部:犬と人の社会史」、犬と人のこれからに向けた想像力を試す「第三部:犬と人の未来学」の3部構成にまとめた。本全体では、地球上に遍在する犬に着目することで、その犬と「共生」関係を築いてきた「人」の環境と生業、近代、実存についても掘り下げる内容になっている。

アフリカの犬については、3つの章で取り上げられている。第2章の池谷論文と第15章の菅原論文では、ともにカラハリ砂漠のブッシュマンと犬の関係が取り上げられるが、異なるアプローチからカラハリの犬の姿が浮かび上がる。第9章の大石論文では、カメルーンの熱帯林に暮らすバカ・ピグミーと犬の関係に焦点が当てられ、近隣農耕民の犬との関わりとの比較が試みられている。結果的にアフリカについては、本書では狩猟採集民と犬の関係を集中して取り上げることになったが、アフリカ各地に犬と人の多様な関わりがあることは確かであり、今後の比較研究が楽しみである。この本がひとつのきっかけになって、アフリカの犬について関心を持って研究する同志が増えることを期待している。

目次

序章 犬革命宣言―犬から人類史をみる(★)
第1部:犬革命
第1章 イヌはなぜ吠えるか―牧畜とイヌ(藪田慎司)
第2章 犬を使用する狩猟法(犬猟)の人類史(池谷和信)
第3章 動物考古学からみた縄文時代のイヌ(小宮孟)
第4章 犬の性格を遺伝子からみる(村山美穂)
第5章 イヌとヒトをつなぐ眼(今野晃嗣)
第6章 犬祖神話と動物観(山田仁史)
【コラム1】文明と野生の境界を行き来するイヌのイメージ(石倉敏明)
【コラム2】人と関わりをもたない犬?―オーストラリア先住民アボリジニとディンゴ(平野智佳子)

第2部:犬と人の社会史
第7章 カメルーンのバカ・ピグミーにおける犬をめぐる社会関係とトレーニング(★大石高典)
第8章 猟犬の死をめぐる考察―宮崎県椎葉村における猟師と猟犬の接触領域に着目して (合原織部)
第9章 御猟場と見切り猟―猟法と犬利用の歴史的変遷(大道良太)
第10章 「聞く犬」の誕生―内陸アラスカにおける人と犬の百年(近藤祉秋)
第11章 樺太アイヌのヌソ(犬ぞり) (北原次郎太)
第12章 忠犬ハチ公と軍犬(溝口元)
第13章 紀州犬における犬種の「合成」と衰退―日本犬とはなんだったのか(志村真幸)
第14章 狩猟者から見た日本の狩猟犬事情(大道良太)
【コラム3】南方熊楠と犬―「犬に関する民俗と伝説」を中心に(志村真幸)

第3部:犬と人の未来学
第15章 境界で吠える犬たち―人類学と小説のあいだで(菅原和孝)
第16章 葬られた犬―その心意と歴史的変遷(加藤秀雄)
第17章 犬をパートナーとすること―ドイツにおける動物性愛者のセクシュアリティ(濱野千尋)
第18章 ブータンの街角にたむろするイヌたち(小林舞・湯本貴和)
第19章 イヌとニンゲンの〈共存〉についての覚え書き(池田光穂)
【コラム4】イヌのアトピー性皮膚炎(牛山美穂)
【コラム5】シカ肉ドッグフードからみる人獣共通のウェルビーイング(立澤史郎・近藤祉秋)

あとがき
執筆者一覧
索引
グロッサリー(オンラインコンテンツ)

★印をつけた執筆者はアフリック会員。

書誌情報

出版社:2019年5月
発行:勉誠出版
A5判・並製  480 頁
定価:3800円(+税)
ISBN: 978-4-585-23070-0