『さまよえる「共存」とマサイ—ケニアの野生動物保全の現場から』目黒紀夫=著 新泉社

紹介:目黒紀夫

この本は、「野生の王国」として有名なケニアのなかでも世界的に人気の、アンボセリ国立公園の周辺における野生動物保全の現場を調査した結果をまとめたものです。「野生動物保全」と聞くと、「どれだけゾウの数が減っているか?」とか「密猟を撲滅するためにどんな活動がおこなわれているのか?」といった話を思い浮かべる人もいるかもしれません。しかし、この本の主役は、アフリカのサバンナに暮らす野生動物でもなければ、その保全に熱心に取り組む研究者や国際機関でもありません。そうではなく、主役はアンボセリ国立公園の周辺で、野生動物と具体的なかかわりをもちながら暮らすマサイの人たちです。

牧畜民であるマサイは、歴史的・伝統的に野生動物と共存してきたといわれています。そうしたとき、この本で課題とされているのは、「アフリカの野生動物保全について、とりわけ1990年代以降に世界的に主流となった『コミュニティ主体の保全』(CBC:community-based conservation)の現場で何が起きているのか」を明らかにすることです。著者は「まえがき」で、CBCを「コミュニティ(地域社会/共同体)が主体となって人間と野生動物の共存をめざす保護活動」と説明しています。この目標がはたして達成されているのかどうかを現場から検討しようとするのが、この本の目的になるわけです。はたして、研究者がいうように、経済的な便益や私的な権利、対話の機会が実現すれば、マサイ・コミュニティによる人間と野生動物の共存をめざす保全活動は成立するのでしょうか?

この本のなかでは、アンボセリ国立公園の周辺で1990年代から2010年代にかけて、政府機関や国際NGOによって取り組まれてきたいくつものプロジェクトや、野生動物をめぐるさまざまな利害関係者間の具体的なやりとりが記されています。そうした事例の分析から著者は、「コミュニティ主体」や「人間と野生動物の共存」を掲げる現在のケニアの野生動物保全すなわちCBCが、その実態としては地域社会にさまざまな問題をもたらしていることを明らかにしていきます。そこにおいて著者は、現在のケニアの保全政策にくわえて、その理論的な背景となっているこれまでの研究者の議論も批判的に検討していきます。

この本の前半では、CBCをふくめた「野生動物保全の新パラダイム」の議論の変遷や、人間と野生動物の共存を考えるための枠組み、ケニアにおける野生動物保全の歴史、マサイ社会の概要も整理されています。アフリカの雄大なサバンナや日本では見られない珍しい野生動物、今なお伝統文化を強く残しているといわれるマサイの人たちに興味がある人、あるいは、野生動物保全や人間と野生動物の共存といったテーマに関心のある人に手に取ってもらえたらばと思います。

目次

序章 見失われた共存を求めて
第1章 「コミュニティ主体」の野生動物保全とは何なのか?
第2章 共存の大地を生きるマサイ
第3章 保全を裏切る便益—コミュニティ・サンクチュアリからの地域発展
第4章 権利者としての選択—コンサーバンシーと生計のすれ違い
第5章 現場で何が話し合われているのか?—民間企業との交渉、保全主義者との衝突
第6章 共存が語られるとき—「アンボセリ危機」におけるコミュニティの代表=表象
終章 さまよえる共存とマサイ社会のこれから

書誌情報

出版社:新泉社
定価:3,500円+税
発行:2014年10月
四六判上製/456頁
ISBN-10: 4787714104
ISBN-13: 978-4787714107