『ダトーガ民族誌—東アフリカ牧畜社会の地域人類学的研究—』 富川盛道=著

紹介:岡本 雅博

日本人によるアフリカを舞台とした人類学的なフィールドワークは、今西錦司をリーダーとする「京都大学アフリカ類人猿学術調査隊」によって本格的な幕をあけた。この今西隊の人類班に参加し、1962年よりタンザニア・マンゴーラで調査をスタートしたのが富川盛道である。マンゴーラは生業形態が異なる複数の部族(民族)が共住する地域である。富川が牧畜民ダトーガ、同じ隊の富田浩造が狩猟採集民ハッツァ、そして後には和崎洋一が農耕民スワヒリと、役割分担をしてマンゴーラ研究は展開してゆく。本書は、ダトーガに焦点をあてつつ、多部族が共生する地域社会・マンゴーラを描きだし、アフリカ社会の本質を探ろうとした富川の地域人類学的な論考とエッセイとをまとめた一冊である。

富川の研究は、地域社会および部族に関する精緻な分析に特徴づけることができるが、論文ではなくエッセイをとおして、彼のアフリカの人びとに対するヒューマニスティックな眼差しに共感する読者も多いに違いない。本書におさめられた「1まいのスカート−東アフリカ・タンザニアの牧畜文化と女性−」は、部族社会から外部の世界に旅立つひとりの少女の生きざまを伝統的な衣服の着脱に注目して綴った気迫こもったエッセイである。それは、抗うことができない社会変化という荒波のなかを生き抜く、誇り高きダトーガの女性にむけた応援メッセージでもある。

また医師の資格をもつ富川はマンゴーラに「森の診療所」を開設して医療活動にあたったが、その医療活動や富川の人間像については、富田浩造・日野瞬也による本書解説のほか、和崎洋一著『スワヒリの世界にて』(1977年)などをとおして知ることができる。