『農業起源をたずねる旅―ニジェールからナイルへ』 中尾佐助=著

紹介:庄司航

本書は照葉樹林文化論の提唱で知られる植物学者の中尾佐助による、アフリカでの探検調査の記録である。この調査は「京都大学大サハラ学術探検隊」と銘打った大規模なもので、サハラ砂漠の北部および南部の広い範囲を対象としており、中尾は農耕文化班という役割で1968年に西アフリカに渡った。中尾はそこからサハラ砂漠南縁に沿って最終的にエチオピアに至る。

本のタイトルにもあるように、この調査における中尾の関心は様々な農作物の起源を探ることにある。グラベリマ稲、トウジンビエ、スイカ、ササゲ、ヒョウタン、ヤムイモなど、アフリカで見られるいろいろな栽培植物が紹介され、起源に関するこれまでの説の紹介や考察が展開される。栽培植物というのは、野生植物を人間が改良した結果人間にとって有益な性質を獲得したもののことである。たとえば、味、固さ、育ち方、果実の大きさなどに変化がおこる。どのような状況下でそれが起こったかが問題となる。中尾は行く先々で住居や畑に生える雑草に注目するが、それは雑草が野生植物と栽培植物を結ぶカギだからである。雑草というのは住居まわりや畑、道沿いなど、自然状態ではなく人間によって改変された環境に適応した植物のことで、野生植物から雑草、栽培植物という流れは栽培植物の起源を考えるときにひとつのモデルと考えられている。

本書を読み進めて強く思うのは、中尾の植物を見る目の鋭さだ。マリのトンブクトゥの飛行場では滑走路に出て、イネ科一年生群落を見、そこからサハラ砂漠南縁が雑穀栽培の農業を開始するのに適した条件であることを確認する。トンブクトゥの市場を歩き回り、採集された野生の雑穀が何種類も売られているのを見つける。ナイジェリアではガソリンスタンドで車の給油をしている間に裏のゴミ捨て場で雑草化したヒョウタンを発見する。つるや葉、実の大きさからそれが栽培植物、つまり農作物のヒョウタンではなく、雑草化した野生種のヒョウタンであることが判断できるという。こうした発見の例は本書のいたるところに出てくる。

本書の魅力は、作者の現地での体験や見聞と、農業の開始という人類史上の大きな問題がしっかりと結びついていることだろう。現地での観察と体験から物事を考えることの魅力を伝えてくれる。現場の息づかいと人間に関する広い知識の両方を楽しむことのできる本書は、農業や植物に関心のある人以外にもぜひおすすめしたい本である。

書籍情報

出版社:岩波書店 (同時代ライブラリー)
定価:908円(税込み)
発行:1993年 6月
B40判/226頁
ISBN-10 ‏ : ‎ 4002601501
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4002601502