“Ghana on the Go: African Mobility in the Age of Motor Transportation” ジェニファー・ハート=著

紹介:牛久 晴香

『動きつづけるガーナ』、とでも訳そうか。邦訳が出ていない英語の学術書を「おすすめアフリカ本」で紹介するのは、少し気が引けた。しかし、平易な文体のため、基礎的な英語力があれば苦労なく読み進められるだろうと思い、この本に決めた。何より、専門性の高い内容ながら、読み物としても抜群に面白い。アフリカに興味をもちはじめた人から研究者まで、多くの人に心からおすすめしたい本なのだ。

本書のテーマは、植民地期から2000年代までの南部ガーナにおける「自動車による移動性(auto-mobility)」の歴史である。自動車(automobile)ではなく、移動性をテーマに掲げているだけあって、議論の射程は広い。ガーナのインフラ整備や交通政策の歴史はもちろんのこと、自動車や道路、ドライバーの表象を通じて浮かび上がってくる各時代の「発展」のビジョンや企業家的成功の是非をめぐる議論、国家による統治と自治をめぐる交渉、そしてガーナ独自の自動車文化など、ガーナの社会、経済、政治、文化を考えるうえで欠かせないさまざまな価値とその変遷が本書を通して描かれる。

著者のジェニファー・ハートは歴史学者なので、行政文書や新聞記事をはじめとする文献の渉猟と分析は言わずもがな徹底している。しかし、各章の議論の大枠は、数年かけて現地で収集したドライバーや乗客(※多くのガーナ人は自動車を所有しておらず、乗り合いバスやタクシーの乗客として自動車を利用する)の語りをベースにしているそうである。大きな歴史の流れと、それを経験した人びとの個人的なストーリーの間を丁寧につなぎなおすことで、本書は多様なアクターの実践や経験を複雑系のままに描きだすことに成功している。フィールドワーカーも納得の「厚い記述」は、読者のわたしたちに当時のガーナの路上(ストリート)を追体験させてくれる。章は時代ごとに分かれているが、そのタイトルが乗り合いバス「トロトロ(trotro)」のリアガラスに書かれているドライバーやオーナーの人生訓/格言であるのも心憎い。

本書の随所で描かれているのは、大きな歴史の中では見過ごされてしまいがちな、「ふつうの人たち」の発展、進歩、自治へのビジョンとその多様性である。それぞれのビジョンを実現するために、人びとは権力に不断に働きかけ、時に法律や規制をかいくぐり、必要とあらば真っ向から対抗して生活を営んできた。それらの営みは部分的に実を結ぶときもあれば、全く無視されたり、直接的に弾圧されたりもする。彼/彼女の意図に反して、権力や支配構造を強化する結果につながることもある。しかし、どれだけ困難で失望することばかりの時代にも、期待と希望を捨てずに「動きつづけるガーナ」の人びとの姿から勇気をもらうのは、わたしだけではないはずだ。

◆書誌情報
出版社:Indiana University Press
発行:2016年