紹介:大石 高典
南部アフリカ諸国の独立は、「アフリカの年」と呼ばれ、フランス語圏を中心に多くのサブサハラアフリカ諸国が独立した1960年よりもずっと遅く、国によっては1970年代半ばから1990年(ナミビア)にまでずれ込んだ。その背景には、植民地期から多くの白人が植民した入植型植民地であるという事情がある。オランダがケープタウンに進出したのは1652年のことである。以降、数世紀にわたって南部アフリカ各地に移住・定着し、アフリカ人から奪った土地や資源を握る白人入植者たちにとって、アフリカ人が解放されることは、主権を奪われることにほかならなかった。さらに南部アフリカにはポルトガル植民地であったアンゴラとモザンビークが含まれている。ヨーロッパの中でも弱い立場にあるポルトガルにとって、アフリカ植民地は本国経済を維持するための生命線のような位置づけにあり、その権益を容易に手放すことはなかった。白人入植者とアフリカ人の関係に加え、民族間・地域間の歴史的経緯の中でのアフリカ人どうしの関係、それに国際社会の中での政治力学も関わって、南部アフリカの「解放」までに人々は大変な艱難辛苦を味わった。
本書は、そのような南部アフリカ諸国の近現代史に焦点を当て、タイトルにある「解放」と「暴力」を全体の鍵概念として読み解いていく内容になっている。二部構成になっており、理論編とも言える「Ⅰ部 課題と歴史」では、植民地解放闘争における暴力と非暴力の関係がガンジーの非暴力主義やマルコムXの暴力肯定論なども引用しながら整理された上で、サハラ以南アフリカ全体を見渡しながら植民地支配と独立以後を通じた暴力の歴史が論じられている。続く「Ⅱ部 南部アフリカの現実」は、南部アフリカ諸国それぞれの状況について各論を展開する内容になっており、特にザンビア、ジンバブエ、モザンビークの3ヶ国が取り上げられる。
全体を一貫して追求されるのは、今日に至るまで南部アフリカを苦しめ続けている植民地主義/帝国主義の問題である。植民地化や植民地支配のプロセスにおける暴力と、解放闘争における暴力、そして独立以降の国家の暴力の三者が無関係ではないこと、それらがいかに絡み合いながら現代につながっているかが、広範な公文書資料や語りを交えて検討される。特に第二次世界大戦後の歴史記述では、アメリカや旧ソ連など冷戦期の覇権国家の影響だけではなく、アジア・アフリカの非同盟諸国の多くが加入した後の国連における植民地の解放をめぐる攻防が詳細に描かれている。国連という場が、当事者国、旧宗主国、アフリカ連合における状況とともにダイナミックに取り上げられており、大国だけではないアジアなどの諸地域がどのようにローデシア問題など南部アフリカの情勢に関わったのかを知ることが出来る。さらに個人史にも目配りがされており、ケネス・カウンダ(ザンビア初代大統領)やロバート・ムガベ(ジンバブエ初代首相)など、アフリカの指導者個人の運動家、政治家、一人の人間としての生きざまに迫った迫力ある記述も豊富である。これらは、アフリカの政治権力者についての語りがしばしば陥りがちな単純化されたイメージを覆す力を持っている。
筆者は、カメルーンやコンゴ共和国など中部アフリカを専門にしているが、本書を読むことで南部アフリカに共通する独自の事情や歴史的経緯、さらに南部アフリカ諸国の中での差異について知ることができ、眼から鱗が落ちる思いであった。著者らは、アフリカのみならず日本を含む現代世界における諸課題を「植民地主義の継続・再編」として捉え直すという問題提起をしているが、私たちの身近にある植民地主義や帝国主義にどう向き合えるのか、向き合うべきなのかという問いかけは、本書を読み進むにつれてリアリティを持って感じられた。
最後に読み方について一言。叙述は読みやすく書かれてはいるが本格的な学術書なので、アフリカの歴史の大きな流れをまずは『新書アフリカ史』(講談社現代新書)や『世界の歴史――アフリカの民族と社会』(中公文庫)などの入門書でつかんだうえで、挑戦することをお勧めする。
書誌情報
出版社:東京大学出版会
発行 :2018年10月
価格 :6,500円+税
判型 :A5判 388頁
ISBN : 978-4-13-030210-4
目次:
はじめに
第I部 課題と歴史
第1章 解放と暴力
1 植民地支配と暴力
2 暴力・非暴力と関係性
3 解放と支配・従属
第2章 アフリカにおける脱植民地化の歴史的プロセス
1 第2次世界対戦後の世界
2 アフリカにおけるネイションとナショナリズム
3 国際政治情勢と脱植民地化への影響
4 アフリカ人同士の対立
第3章 南部アフリカ地域における解放と暴力の歴史的プロセス
1 南部アフリカ地域における「体制死守」政策
2 国際連合,冷戦と南部アフリカ地域
3 南部アフリカ白人政権間の相互協力と冷戦状況
4 ポルトガル革命と南部アフリカ
第II部 南部アフリカの現実
第4章 ザンビアの解放と現代の暴力
1 植民地支配と解放をめぐる連帯と対立
2 権威主義化とカウンダ政権の終焉
3 カウンダ――連帯と権力
第5章 ジンバブウェの解放と現代の暴力
1 植民地化と解放闘争
2 土地改革の停滞と植民地責任
3 ムガベ――解放と暴力
第6章 モザンビークの解放と現代の暴力
1 解放闘争と小農
2 北部農における植民地支配の確立と暴力
3 モザンビーク解放闘争における対立と暴力
4 独立後のフレリモと小農の関係
おわりに