『スワヒリの世界にて』 和崎洋一=著

紹介:岡本 雅博

1963年に富川盛道らがいるマンゴーラに合流した人類学者・和崎洋一は、バントゥ系農耕民の社会で調査を開始した。和崎は「草原の寺子屋」を開き、子どもたちに読み・書き・算数を教えながら、村人とのつきあいを深めていく。「寺子屋」は、調査をうまく遂行するための手段以上の意味をもつというが、和崎にしても富川にしても、フィールドワークという営みのなかに、こうした実践をくみこんでいたという事実は興味深い。余談になるが、マンゴーラで狩猟採集民の調査を手がけた富田浩造は、その後国際協力の世界にはいり、日本におけるアフリカ協力の礎づくりに貢献している。初期のアフリカニストには、「研究」と「実践」とのあいだの垣根というものは私たちが想像する以上に低かったのかも知れない。

フィールドワークでは、現地の人びととの関係は時間の経過とともに深化するものである。和崎はこれを「村入り」の進行として具体的に説明する。「雑談を楽しむ日々」(第三段階)、「たのみごとをする段階」(第四段階)が、調査面ではもっとも効率的であり、また暮らしを楽しむことができる。しかし彼は、村の会議などに出席してその決定に関わったりするという「シャラリ」の段階にまで暮らしを深めていく。本書にある「村入り」の諸段階を示した模式図には「生活か研究か」と記されており、彼のフィールドでの葛藤をみることができるが、彼はフィールドでの煩雑な関わりのなかからこそ、生きた人間への深い理解が可能であると断言する。

和崎は、東アフリカ・サバンナ世界に特有の他者を受け入れる寛容性を、「テンベアの心」としてみごとに看破した。そうした鋭い洞察の背景には彼のフィールドでの「暮らしの深まり」があったからにほかならない。