「アフリカンプリント -京都で生まれた布物語-」並木誠士・上田文・青木美保子 著 / 京都工芸繊維大学美術工芸資料館 監修

紹介:井上真悠子

強い太陽光にあざやかに映える、いわゆる「アフリカらしい」カラフルなプリント生地。現在アフリカ大陸の多くの国々で愛されているこれらの布が、実は1950年代から60年代にかけて、京都をはじめとした日本の工場で大量に生産されていたということは、あまり知られていない。本書は、アフリカンプリントの歴史、および日本の染色加工業とアフリカンプリントとの関わりを、当時の写真や資料をふんだんに盛り込みながら示した貴重な一冊である。

本書によると、現在「パーニュ」「ワックス」「キテンゲ」などの名で呼ばれている「アフリカらしい」プリント布の起源は、18世紀にオランダ船によってアフリカ大陸西海岸にもたらされたジャワのバティック(ロウケツ染め)だという。その後、オランダをはじめとした旧宗主国によってアフリカ市場に適したデザインや技法が開発され、1880年代後半から大量生産が始まった。つまりアフリカンプリントは、東南アジアとサブサハラアフリカが同じ植民地宗主国の支配下に置かれたことでつながり、生まれたものだったのだ。そうして生まれたアフリカンプリントは、その後、現地の消費者たちによる取捨選択を経て発展してきたが、その過程で少なからず存在感を持っていたのが日本の染色加工業だった。1970年代のアフリカ情勢の変化により、日本はその後アフリカンプリント市場から撤退してしまうことになるのだが、本書に記されている最盛期の様相は、目を見張るものがある。

本書ではまず、実際にロウを使って防染する「リアル・ワックス・プリント」と、見た目はリアル・ワックス・プリントによく似ているがロウを使わずにローラーを使って捺染する「イミテーション・ワックス・プリント」を、それぞれ詳細な説明とともに紹介している。1950~60年代に日本から特に多く出荷されていたのは、機械によるローラー捺染によって大量生産された「イミテーション・ワックス・プリント」だった。1960年代後半には、京都の大同染工株式会社(現・大同マルタ染工株式会社)から、月産200万メートルものプリント布がアフリカに向けて輸出されていたという。1942年創立の同社は、第二次世界大戦直後の1946年から、GHQの管理のもとで戦後復興の足がかりとしてローラー捺染による綿布へのプリントを開始し、1960年代には製品の約8割を海外に輸出するまでになった。そして、その約4割を占めていたのがアフリカ向けプリント布だったそうだ。また、19世紀末の奴隷制度の廃止後に東アフリカで普及した「カンガ」に関しては、驚くことに1960年代には日本製のものが現地消費量の約9割を占めていた時期もあったらしい。

本書の内容は主にプリント布の歴史とその生産工程といった「モノ」と「技術」に重点が置かれているが、大同染工の営業マンや日本の商社の現地駐在員たちによる当時の市場調査・現地営業の様子も、はしばしに記されている。より現地に好まれるデザインを模索するため、まだまだ移動も通信も大変だったであろう1960年代に、サブサハラアフリカの国々を駆け回って布のサンプルを集め、それらを元に日本で作成された図案を現地に持ち込み営業をかけ、注文が取れると日本に電報を打ち、輸出につなげていたという。アフリカンプリントの輸出最盛期であった1965年にタンザニアのダルエスサラームに駐在所を開設した西澤株式会社は、2名の現地駐在員でアフリカ東沿岸地域12カ国を担当していたらしく、「雨季には全く注文が取れないこともあった」という一文に、その苦労いかばかりだったか・・・と思いをめぐらせてしまった。

今、私たちにとって、アフリカ大陸は遠いだろうか、近いだろうか。アフリカを「最後のフロンティア」と位置づけ進出しようとする日本企業も増えているなか、ほんの50年ほど前にこれほど大規模な商売が成立していたという知られざる過去を明らかにした本書は、これからアフリカの市場に参入しようとする人々の背中を押し、勇気づけるものとなるのではないだろうか。そしてまた、本書に記された「アフリカらしい」プリント布の歴史からは、植民地支配の様相や、奴隷制度からの解放による服装の自由、アメリカの綿布と日本の戦後復興、1960年前後のアフリカ諸国の独立とその後のアフリカナイゼーション、そして近年の中国系資本の増大といった、世界のつながりとその動態も見えてくる。「アフリカらしい」布のような、その土地固有の文化に見えるものも、決して閉じた空間だけで存在してきたものではない。本書は、現在アフリカ大陸の各地で見られるアフリカンプリント文化が、いかにさまざまな人々のつながりや歴史的背景のもとで醸成されてきたものであるかを示す、大変興味深い一冊であると言えるだろう。

書誌情報

出版社: 青幻舎

発行:2019年5月30日

単行本(ソフトカバー): 168ページ

ISBN-10: 4861527295

ISBN-13: 978-4861527296