『【増補改訂版】コンゴ共和国 マルミミゾウとホタルの行き交う森から』西原智昭=著

紹介:大石 高典

日本では、アフリカ大陸中央部にある2つのコンゴのうち、コンゴ共和国(コンゴ・ブラザビル)は隣の大国コンゴ民主共和国に比べると影が薄い存在かもしれない。在住している日本人も少なく、大使館の管轄もコンゴ民主共和国の首都キンシャサにある大使館の兼轄となっている。コンゴ共和国についての日本語の本は一般書も専門書も少ない。この本のタイトルは、ずばり「コンゴ共和国」であり、コンゴ・ブラザビルとも呼ばれるこの国について、おそらく最も長い期間居住した日本人の一人である著者の視点から語られている。

著者は、1989年から京都大学理学研究科人類進化論研究室の大学院生としてゴリラ、チンパンジーやアフリカマルミミゾウの調査研究のために「ンドキの森」に入った。ンドキの森は、カメルーンや中央アフリカ共和国との国境沿いにあり、沼沢地があちこちあるために人の手が入りにくい。先住民である狩猟採集民によるささやかな自然利用のほかには開発がされておらず、原生の森と言ってよい状況が残されていた。

著者は、ゴリラの糞を集めて、その構成から食べたものを推定する糞分析を手始めにゴリラの研究を深めていった。ンドキのゴリラは、沼に生える水草を目を細めるようにしておいしそうに食べるという。ンドキにはゴリラのほかに様々な生き物がおり、それらとの出会いや付き合いが、著者の生の体験をもとに綴られている。とくに熱帯林での生活では避けて通ることのできない虫たちとの付き合いかたについての著者の描写は興味深い。虫をまなざす著者の視線は、虫を一方的に愛好したり、忌避して皆殺しにしようとする日本におけるそれとはまったく異なる。さんざんひどい目に合ったうえで、同じ森の生活者として虫をまなざし、むしろ森への闖入者であり受け入れてもらっているのは自身であるとするのだ。

熱帯林のキャンプで通算1000夜以上を明かしてきたという著者による熱帯林の記述は、通り一遍のものではない。生物学の理論に走った抽象的な説明からは距離が置かれ、身体感覚に基づいた素朴とも言えるようなわかりやすい言葉で、著者のアフリカ熱帯林観が開陳されている。著者は、アフリカで野生動物の研究や保全の仕事をしつつ、日本では一般向けの講演を数多くこなしてきた。本の中にも、著者が日本の人々からよく質問されること――現地での食事事情、危険な動物とは、言語の習得、などなど—―への丁寧な応答が、あちこちに織り込まれていることからも著者の日本の一般社会に熱帯林について伝えたいという強い思いが感じられる。

野生動物の学術研究からキャリアを始めた著者だが、フィールドであるアフリカ熱帯林での様々な出会いの中で「保全」を業とするようになる。その大きな転機となったのがコンゴ共和国で起こった紛争である。コンゴ共和国では、1997年6月から4か月間にわたり、首都ブラザビルを中心に激しい内戦が起こった。紛争が始まった時に調達のためにたまたまブラザビルにいた著者は、欧米人の同僚と共にフランスの軍用機で隣国ガボンに緊急脱出することに成功する。しかし、ンドキの森に残してきたコンゴ人の仲間を置き去りにはできないと、著者は帰国せずに単身残り、カメルーンを経由してンドキに戻る。著者は内戦下のンドキ公園を守り抜くために様々な努力をするのだが、その顛末は手に汗握る場面の連続である。

内戦後、著名なゾウの研究者であり、ンドキ公園の管理運営を担う国際保全NGOであるWCS(Wildlife Conservation Society)の中部アフリカにおけるプロジェクトリーダーの一人であるマイク・フェイに認められて、著者はWCSコンゴ支部の技術顧問として雇用されることになる。

プロの保全屋となった著者は、ンドキ公園の管理運営だけではなく、ナショナルジオグラフィック社による「メガ・トランセクト」プロジェクト(ンドキから隣国ガボンの大西洋岸まで3,000kmを徒歩で横断しながら森についての情報を集めるという壮大な計画)にスタッフとして参加したり、ガボン海岸部の国立公園で鉱物資源の試掘をする中国企業の環境配慮の監督業務を行ったりと活躍をする。保全を業とするとはどういうことなのかが、著者の体験をもとにリアルに描かれている。

本書の後半では、省察は再び日本に戻ってくる。著者が日々の保全の仕事の中で付き合ってきた先住民ピグミー社会の変容していく様子は、日本の先住民問題へと著者を導き、アフリカマルミミゾウ密猟との闘いの中で、日本における象牙消費の実態を追う中で日本の伝統文化の維持・継承の問題にも向き合うことになる。

本書では、日本人として、アフリカで野生生物保全の現場の実務に長年関わってきた人にしか見えてこない世界が、保全という「業」の矛盾や問題点も含めて生々しく描かれている。著者は保全屋だから必然的に「保全する側」からの立場からの著述になっているが、人類学者である私のように「地域住民の側」から開発や保全を見ている立場の者にとっても、はっとさせられることの多い一冊だった。それは、「保全は純粋に野生生物の問題ではなく、実は人間の問題であるから」(p. 97.)なのだろう。「保全」を通じて、アフリカ熱帯林やコンゴ共和国という国家が描き出されている本書は、著者の半生史でもある。2018年に初版が出た後、2020年に増補改訂版が出されていることからも、著者が悩みながら探究を続けていることがわかる。

書誌情報:

出版社:現代書館
発売日:2020年3月
言語:日本語
単行本:280ページ
ISBN-10:4768458777
ISBN-13:978-4768458778

◆出版社URL:
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5877-8.htm

目次

プロローグ
1.熱帯林とゴリラとの出会い
2.虫さん、こんにちは
3.森の中で生きるということ
4.熱帯林養成ギプス、内戦、そして保全業へ
5.新たな旅立ち~森から海へ
6.森の先住民の行く末
7.人類の自然界利用と保全(その1)~ブッシュミート、森林伐採、象牙
8.人類の自然界利用と保全(その2)~海洋地域での漁業と石油採掘
9.人類の自然界利用と保全(その3)~日本人との深い関わり
10.日本における保全に関する教育とメディア
11.ぼくの生き方~自分に強く関わること同士のつながり
12.さらに隠蔽される“真実”
エピローグ
あとがき~増補改訂版に向けて