『アフリカ日和』早川千晶=著

紹介:大石 高典

本書は、1990年からナイロビで暮らしている著者が、その10年目となる2000年に出版した一般向けの著作である。旅行者として、生活者として、現地企業のOL、そして事業者として出会ったアフリカでの日常が、身近で具体的な経験―—例えば、借家、結婚、出産、子育て、雇用と被雇用―—を通して、等身大の筆致でたんたんと紹介されている。

第一章「アフリカ日和」では、まず旅行者としてアフリカに出会った著者が、バックパッカー宿を拠点にナイロビでの生活を始める中で次第に現地社会に入り込み、人々に魅せられていく様子が描かれている。一年以上もの間世界各地を旅する中でナイロビにたどり着いた著者は、ケニアからウガンダ、コンゴ民主共和国、中央アフリカ、チャド、カメルーン、そしてナイジェリアへとアフリカ大陸を東から西へと横断する旅に出る。とりわけ、コンゴの悪路でのトラック旅やコンゴ川の定期船オナトラ船での生活の記述は迫力がある。旅の中で著者は、旅行のように通り過ぎる関わり方ではなく、「日々の生活の繰り返しの中で見えてくるもの」を見たいと思うようになる。ナイロビに戻った著者は、海外の富裕な白人向けにケニアの魅力を伝える観光会社に就職し、出会いを得て結婚をし、子どもを持つ。旅人から生活者へと視点が変わっていく。ケニア人の夫の親族との親戚づきあいを通じて見えてくるケニア社会の様子は興味深い。例えば、著者の義理の弟を海外留学に送るために行われたハランベーという寄付の仕組みは、まるでクラウドファンディングの元祖のようである。

第二章「彼女のマタトゥー」では、ナイロビ市内を走り回る庶民の足であるマタトゥと呼ばれるお洒落なミニバスにほれ込んだ著者の友人が、そのオーナーになり、大変な苦労をして綱渡りの経営をする一部始終が語られている。乗合バスの元締めとされるギャングや警察との容赦ないやり取りにはハラハラさせられる。

第三章「トタン屋根と青い空」の舞台は、ナイロビ近郊のスラム、キベラ地区である。ふとしたきっかけで、キベラにたくさんいるストリートチルドレンを対象に地域住民によって運営されている学校プロジェクトのことを知った著者は、本業の観光業は続けながら、そこに通うようになる。著者はこの本の出版後も現在(2022年)に至るまでケニアに住み、キベラでのストリートチルドレンを対象にした学校経営を行っているが、その原点を垣間見ることができる。

第四章「ンゴマの森の精霊たち」は、ケニア東南部のインド洋沿いの海岸都市マリンディの近くにあるンゴマへの旅の記録である。太鼓の修行をしている日本人の友人と共に、著者はその師匠の村を訪ねる。そこでは、何人ものムガンガ(呪医)と出会うことになる。

著者は、旅でも、ナイロビでの生活においても、徹底的にアフリカ社会の日常にコミットし続ける。そして、直感したら、その世界へとぐんぐん突き進んでいく。その突破力には脱帽せざるを得ない。仕事や人間関係をめぐる葛藤や失敗もたくさん書き込まれているが、その中には、調査研究のためにアフリカに通っている私にも身に覚えのある箇所も少なくなかった。しかし、フィールドワークを行う研究者のほとんどが、現地での滞在は長くても1年までで、「ホーム」である社会に戻ってくるのに対して、著者は戻らない。アフリカこそが著者の「ホーム」なのである。格差と貧困、その中での個々の登場人物の生きざまなど、深い関わりを通してしか見えてこない世界が描かれている本書のなぜかさわやかな読後感を多くの人に味わってほしい。

書誌情報

単行本:285ページ
出版社:旅行人
定価:1,600円(税別)
出版年:2000年
ISBN-13:978-4947702296

◆目次:
第1章 アフリカ日和
ナイロビ暮らし
サミーのハランベー
一枚の写真
第2章 彼女のマタトゥー
ケニアの病院
アフリカのお産
第3章 トタン屋根と青い空
黒い讃美歌
不思議な呪術の世界
第4章 ンゴマの森の精霊たち
あとがき