『ガダラの豚』(1~3巻) 中島らも (著)

紹介:庄司 航

本作は作家の中島らも氏による、アフリカの「呪い」を題材とした小説作品である。文庫版では全3巻とかなりの大作になっている。

ケニアの呪術を研究している人類学者が主人公で、死んだと思われていた娘をめぐって、クミナ・タトゥ(スワヒリ語で13の意味)という村に住む強大な力をもつ呪術者と対決する、というのが主な筋である。まるで大友克洋氏の漫画『AKIRA』のように、超能力者同士が闘いを繰り広げるエンターテイメント作品であるが、アフリカの呪術に関する知識と、ケニアの町や自然の描写のリアリティに驚かされる。

ケニアを訪れた主人公と家族たちは、ウガリ(※)を食べ、冷えていないタスカ・ビールを飲み、丘の上からスラムを見下ろし、大通りの高層ビルを見上げて驚嘆する。自動車に乗れば突然路上にバンプ(自動車のスピードを落とさせるためにつくられた隆起)があらわれる。私もはじめてケニアを訪れたときは、これらのものに目をみはったものだ。

作者は、アフリカの呪術を研究している長島信弘氏の著書からインスパイアされて本作を構想したという。巻末の参考文献にも『死と病の民族誌』と『テソ民族誌』の2冊が挙げられている。他にも多くの専門書が参考文献として挙げられており、作者が執筆にあたって幅広い取材をおこなったことがわかる。

第1部では奇術師が登場してカルト宗教による洗脳やトリックによる奇跡の演出を暴き、、またアフリカの呪術の心理的、社会的機能について主人公の人類学者による解説がある。しかし実はこれらは第2部以降にむけての壮大な伏線、ミスリードであり、この作品の世界では超能力も呪いも確固として存在するのだ。第2部では主人公たちがクミナ・タトゥという村を訪れ、邪悪な意図を持つ呪術者と対峙する。第3部では日本にやってきた呪術者と再び対決する。作者が文献で得たアフリカの呪術に関する知識を換骨奪胎して自分流のエンターテイメントに組み替えたのが本作品である。

なお、研究者の間では呪術の中でも他者に危害を与える意図を持つ場合は「邪術」という用語を使うことが多いが、本作品中では「呪術」の用語に統一されている。

一度読みだすと最後まで一気に読み切ってしまう展開の面白さと描写のリアリティは、さすがの人気作家の実力だというほかはない。アフリカの呪術に興味がある人にはもちろん、そうでなく純粋にエンターテイメントを楽しみたい人にもぜひおすすめしたい。

※注 トウモロコシの粉で作った固い練り粥で、ケニアで代表的な主食。

書誌情報
出版社:集英社
発行:1996年
(紹介情報は文庫版。単行本は1993年出版)