紹介:織田 雪世
まるで海のようなターコイズブルーの衣装、ゆったりと髪を覆うスカーフ、褐色の肌に輝く金の首飾りとピアス。直線的に描かれた眉、ばら色に頬を染めるチーク。ローズピンクの唇はきゅっと微笑み、自信に満ちた大きな瞳が、ブルーのアイシャドウに縁どられて魅惑的にこちらを見つめている。惹きこまれそうな写真である。
板垣真理子さんの写真集『歓喜 AYO』は、私をアフリカに導いた本だ。高校時代、偶然見たテレビ番組に板垣さんの姿があった。板垣さんは、アフリカ音楽との出会いをきっかけに、ナイジェリアなど西アフリカの諸国へ単身で渡航されたという。「現地のコンサートで写真を撮ってると、周りの人が『何をこわい顔して撮ってるんだ、一緒に踊ろうよ』って言うんですよ。」昔の記憶で恐縮だが、テレビの中の板垣さんは、そんな話を楽しそうに語っていらしたのだと思う。当時の私は国文学好きで、アフリカどころか外国にも興味がなかった。でも「へぇ何だかおもしろい」と思い、田舎の書店で本書を手にとった。手にとって、驚いた。
マリで出会った女性の、頭にびっしりつけたコインと琥珀玉の飾り、太陽に輝くプリント柄と笑顔。腰にビーズを幾重にもつけた女性たちのリズム。授乳する母親の頭に巻かれたスカーフ柄の大胆さと、いたずらっぽい笑みを含むかにもみえる真っ直ぐな眼差し。ラマダン明けの日、白いイスラーム風の服の胸を張り、青いポップなサングラスでキメる少年たち。高揚した瞳に白い歯をきらめかせ、膝を激しく胸に引きつけて踊るセネガルの村の少女たち。音楽と汗、土埃と雨の匂い、お喋りのさざめき。私はあまりの格好良さに度肝を抜かれた。アフリカって「貧しい、飢えに苦しむ大陸」とやらじゃなかったの?
本書には板垣さんのエッセイ風の文章も添えられていて、それもまた魅力的だ。鼓動するおしゃれごころ、マーケットの喧騒、キング・サニー・アデの音楽のうねり。そしてその筆致は、人々の鼓動や息遣いに触れるとき、とりわけ生き生きと躍動する。板垣さんは「あとがき」で言う。
「…興奮し燃えるような思いでシャッターを切り続けた。(中略)しかし、それにも増して心に残っているものは、人々の顔、目、生きることの強さと美しさを教えてくれる人々の表情だった。」
本書が刊行されたのは25年近くも前で、私が初めてアフリカの地を踏んでから15年以上になる。アフリカを取り巻く環境や風景はずいぶん変わったかもしれないが、しかし本書の魅力がまったく色あせていないことには改めて驚かされる。それはきっと本書が、色あせない人間の「何か」を、生き生きと伝えてくれているからなのだろう。新刊はもう手に入らないかもしれないが、図書館や中古書店等で、ぜひ手にとってもらいたい本である。
書誌情報
出版社:情報センター出版局
発行日:1991/2/06
価格: 2,900円+税
ISBN4-7958-0523-7
関連URL(情報センター出版局):
http://www.4jc.co.jp/books/detail.asp?id=309