閉鎖的なセネガル中部の島民文化を抜け出し、フランスで執筆活動を続ける主人公のサリ。故郷でサッカー選手に憧れるサリの弟マーディケは、先進国に暮らす姉に嫉妬をぶつけてくる。高額な電話代を負担してでも島に連絡をいれるサリの気持ちを理解せず、「早く僕もフランスに行きたいんだ」と駄々をこねているばかり。サリは大学時代にセネガルで出会ったフランス人の夫とフランスに来た。しかし夫の家族は黒人であるサリを受け入れられなかった。離婚後に休暇をとって島に帰ると、島の男たちは白人に捨てられたサリをバカにし、女たちは影で嘲笑う。低賃金労働で生計を立てながらキーボードを叩くサリは、フランスに溶け込むことはできず、故郷の島にも、もう戻れなくなってしまった。
本書は、閉じられた島の共同体から抜け出したセネガル人女性が、自ら体験した苦悩を描いた自伝的小説である。現代のセネガル(アフリカ全体にもきっと共通しているだろう)が抱える様々な問題が生々しく描かれている。嫉妬、見栄、先進国に対する異常なまでの羨望。アフリカ出身女性に向けたフランス人の蔑視。著者はこの問題を前にして悲嘆にくれるだけの女性ではない。高度で緻密な皮肉を練り上げ、痛快に批判している。
サリの苦悩はフランス人の心に強く響き、文学賞を勝ち取るほどのベストセラーとなった。2003年にフランスで出版されてからは、イギリス、アメリカ、オランダ、ドイツ、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャ、ハンガリーでも翻訳されている。それだけ、移民問題として共通するものがあるのだろう。
アフリカ出身の黒人は出稼ぎ、移民として先進国で暮らすものが多い。先進国での生活はとても厳しく、無知が生んだ差別を否応なしに突きつける。しかしひとたび外貨を集めて故郷に帰れば、金持ち気分が味わえ、親戚からの一抹の賞賛を受ける。先進国に住んでいるというだけで、だれもが尊敬の目を向け、そして同時に、心に秘めた嫉妬をむき出しにする。
この本の登場人物の誰もが、やりきれない負の感情を抱えている。フランス帰りの称号を持つも、苦しい不法移民生活の現実を話せず、嘘で固めたフランス生活を自慢する「バルベスの男」。白人の言葉を教える部外者とのけものにされる「ンデターレ先生」。なにもない村なんか出て、フランスに行けばきっといいことがあると夢想に耽る子どもたち。サッカーに夢を託してフランスに行き、社会のどん底に堕とされた「ムーサ」。
著者は、フランスでは「低賃金労働者のアフリカ人」として、セネガルでは「個人主義の植民者かぶれ」として、どこにいっても「他者」である。ただしこの本の素晴らしいところは、著者はただ悲観するだけでなく、皮肉であげつらうだけでもなく、変化をもたらそうと奮闘するところにある。
私はこの本をセネガル滞在中に読んだ。農村で調査をしていたトゥバーブ(現地の言葉で、白人、または外国人)の私にとって、著者の苦悩に共感できる部分は多かった。村人に「白人は個人主義者だから困っている隣人を助けることはしないのだ!」と暗に金品を要求されることは、私には日常茶飯事だった。「他者」として見られる苦悩は、著者がセネガルの島に帰ってきたときと同じものだろう。
しかし、私は日本に帰っても「他者」ではない。セネガルでどこにも行き着くことができないようだが、日本には帰ってこられる。アフリカ系移民は重すぎる期待と嫉妬を背負い、海外へ出稼ぎにいく。彼らの背負った期待と嫉妬は、暖かく帰りを迎えるようで、冷たさも持っている。
アフリカの共同体社会と海外に暮らすアフリカ系移民が抱える差別と偏見について知りたい方に、是非読んでほしい一冊だ。移民が差別を受けることだけでなく、故郷に帰った移民についての新たな一面を知ることができるだろう。
書誌情報
単行本:256ページ
出版社:河出書房新社
定価:2,300円(税別)
出版年:2005年(原書出版年は2003年)
ISBN-10:4309204457
ISBN-13:978-4309204451