ちいさな国で 著:ガエル・ファイユ・ 訳:加藤かおり

紹介:大門 碧

本書の舞台はブルンジ。アフリカの内陸のルワンダの南隣に並ぶようにある小さな国。恥ずかしながら、この小説を読むまで、ブルンジが、ルワンダと同様の少数派のツチ人と多数派のフツ人という民族構成をもち、1962年に独立したあとも、ルワンダのように民族紛争を繰り返してきたことを認識できていなかった。1994年にはルワンダで大虐殺が発生し、100日間でツチ人を中心に100万人に及ぶ死者が出たとされる。一方、ブルンジでも1993年に内戦が勃発し、15年ほど続いた戦争で30万人が殺され、70万人以上が難民となったとのこと(本書「訳者あとがき」参照)。

物語は、フランスにいる大人の「ぼく」、ガブリエルことギャビーが、ルワンダで1994年に大虐殺がおこった前後、ブルンジにいた10歳の少年の「ぼく」が体験したことを振り返りながら進んでいく。紛争は、容赦なく家族と友人との密接な関係をつぶしにかかることが、少年目線の語りから悲しいほど色鮮やかに浮かび上がる。

ギャビーはフランス人の父とルワンダ難民の母との間に生まれた「キャラメル色」の肌をもつ立場から、世界を一歩引いて見ている。それはこの物語の読み手にとって、一つの救いでもあり、一方でその立場によりギャビーが苦しんでいることは外国人である我々読み手にとって痛々しく胸にくるシーンが少なくない。フランス人学校に通い、家のなかではブルンジ人の使用人たちと言葉を交わし、同じ地区に住むギャビーと同じ「キャラメル色」の肌の子や、経済的・社会的に地位の高いブルンジ人の子どもたちと徒党を組んだり、ルワンダへ親戚の結婚式にも出かける。そのなかで、ギャビーは、両親がいつまでも仲良く暮らすことを願い、空き地に捨て置かれた車のなかに忍び込んで仲間と笑い合って子ども時代を謳歌しながらも、周囲のさまざまな視線に敏感に生きてきた。

そしてすべてを敵と味方に分けようとする紛争の暴力にさらされたとき、ギャビーは、フランス人とルワンダ難民の世界も感じながら生きてきた、その狭間から世界を見てきたその背景があったからこそ、区別をつけることに違和感をもつ。すべてを敵と味方にしてしまう紛争が恐ろしいと感じる。彼は叫ぶ。「ぼくはフツでもツチでもない。」「どっちだろうが、どうでもいい、みんなはぼくの友達だ。それはぼくがみんなを好きだからであって、みんながフツだろうがツチだろうが、関係ない。そんな区別、どうでもいいんだよ!(No. 2476*)」

著者ガエル・ファイユは1982年、ブルンジ生まれ。本書のギャビーと同様、父はフランス人で、母はルワンダ難民のツチ。内戦勃発後の1995年に妹とともにブルンジを離れ、フランスへ渡る。「ブルンジでは自分が白人だと、フランスでは黒人だと感じさせられた」著者はフランスで人気のラッパー兼スラマー(おもに自作の詩の朗読をおこなう人)となっているとのこと(本書「訳者あとがき」参照)。一方、本書で登場する大人になってからの「ぼく」は、脆い部分をひた隠しにしながらできるだけなにも考えずに生きていこうとしている。フランスにいる「ぼくはもう、どこにも住んでいない。住むというのは、ある場所の地勢に、環境が作り出す窪みに、まるごとすっぽり収まることだ。(No.59)」と語る。そして、「ショッピングセンターと線路のあいだにこぢんまりと収まった公園に、マンゴーの木は一本も見当たらない。(No.101)」と、「住んでいた」場所を、ブルンジの景色を探し求めている。

この本の訳者のあとがきに「(本書は)戦いに巻き込まれ、突然大人になることを強いられた少年の哀切と追憶の物語としての側面が強い。」とある。本文でも「ぼくは祖国を追われたと思っていた。けれど、過去の痕跡をたどる旅に出て、理解した。ぼくは、ぼくの子ども時代を追われたのだ。そしてそれは、祖国を失うことよりずっとぼくには残酷に思われた。」(No.2870)とある。子ども時代の喪失。幸運なことに経験がないものにはすぐにその恐ろしさが実感できない。それは当たり前だった世界、自分を受け止めてくれていた世界が、自分が信じていた人びとが、突然に姿を変えることだろうか。

本書は、日本では2017年6月に早川書房から発行、追って電子書籍版も発行されたが、2020年4月に文庫本化されている。くしくも2020年は、世界中の多くの人にとって辛い年となった。突然学校に行けなくなり家にいることを強いられた子どもたちは、家族が社会に感じている不安や緊張感を、いやおうなく身体全体で受け止めることになっただろう。紛争とコロナ禍に巻き込まれることは異なるとはいえ、フランスの高校生が選ぶ「高校生のゴンクール賞」を受賞している本作は、突然子ども時代を奪われることの恐怖を、理不尽さを、改めて考える機会を与えてくれる。そしてぜひ、物語の最後、ギャビーが20年ぶりに訪れたブルンジでなにが起こったか見届けてほしい。この紛争が残した辛苦はそう簡単に消えないし、忘れてはいけないのだ。

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書誌情報

出版社:ハヤカワ書房
発行:2020年4月