紹介:河野 明佳
貧困地区に住む少年たちが電車の中で男性を殺し、お金を奪い取るという衝撃的なシーンからはじまる映画『ツォツィ』。ツォツィ(tsotsi)とは南アフリカのスラングで不良やチンピラ、犯罪者と言った意味を持つ。この映画は、そんなツォツィというニックネームを持つ少年の話である。彼がなぜ、本名を名乗ることをやめ、人を殺しても表情一つ動かさない冷酷な「ツォツィ」へとなったのか。物語は、ツォツィが強盗に行った先でひょんなことから赤ん坊を連れてきてしまったところから、彼の心の変化を追って展開していく。
映画『ツォツィ』は、2006年にアカデミー賞外国語映画賞も受賞しており、日本でも公開された。威勢のいいクワイト(ハウスやヒップホップに似た南アフリカの音楽)とともに、セピアがかった画面いっぱいに広がるアフリカ人居住区の風景。コンクリートブロックとトタン板の小さな家々。無造作に針金にかけられた洗濯物。むき出しの土の道。バケツに入れた水を頭に乗せ運ぶ女性たち・・・幼いころの過酷な経験から心を閉ざし冷酷な犯罪者となった少年が、赤ん坊との出会いから少しずつ表情を取り戻していくというストーリーはもちろんのこと、アパルトヘイト体制が崩壊して20年たっても、未だ多くのアフリカ人が住む旧アフリカ人居住区の現実や人びとの生活を、音楽や美しい映像、そして登場人物たちの言葉や表情からリアルに感じることが出来るという点でも、ぜひおすすめしたい作品である。
原作はアパルトヘイト体制への抵抗を書き続けた劇作家であり俳優でもあるアソル・フガードによるもの。こちらは、現代を舞台にした映画と異なり、アパルトヘイト体制による抑圧が先鋭化していった1960年代を舞台に描かれている。原作を読むと、ツォツィ少年の物語に込められたアパルトヘイトに対する問題提起がよりよくわかる。しかしここで敢て映画をおすすめするのは、原作が批判する抑圧の問題が、アパルトヘイト体制崩壊後も形を変えて依然として続いていることを、舞台を現代に移すことで描き出しているからである。植民地支配、アパルトヘイト支配によって築き上げられた抑圧の構造は、人種差別的法体系が撤廃された後も、外見を変えて存在し続けている。ツォツィが強盗に入る先も、白人ではなく、体制崩壊後に勃興したアフリカ人富裕層であることも、現代の南アフリカの社会状況を象徴しているといえよう。原作との違いに注目しながら映画を鑑賞するのも、おもしろい。