紹介:松浦 直毅
アフリカで、とくに伝統的な生活を営む人々を対象に遠隔地で長くフィールドワークをおこなっていると、望むと望まざるとにかかわらず、調査対象の人々が困難な問題に直面するさまを見聞きすることがある。ときにそれは生存自体が危ぶまれたり、避難を余儀なくされたりするという人道危機的な状況であることもある。そのような友人たちの危機に対していったい何ができるのかと自問自答するとき、往々にしてフィールドワーカーは、政治的にも経済的にも力をもたない単なる一個人である自分が、深刻な問題に対しても巨大な組織に対してもちっぽけであることを痛感する。しかし、長きにわたって住民と寄り添い、地を這うようなフィールドワークをおこなわなければ決してたどりつけない現場への理解があり、フィールドワーカーだからこそ提示できる解決策があることを本書は示してくれる。
東アフリカの乾燥地域に暮らす遊牧民は、地球規模の気候変動にともなう旱魃や集中豪雨や、激化する紛争によって人道危機に直面しており、さまざまな人道支援の対象となってきた「<ラスト・マイル>を生きる」人々である。しかしながら、平等性や普遍性を原則とした人道主義にもとづいた支援の取り組みは、ともすれば人々を同質のものととらえ、ステレオタイプ・イメージに閉じこもりがちであり、遊牧民の文化的多様性や社会的脈略が十分に考慮されているとはいいがたいのが現実である。これに対して本書では、アフリカ地域研究者や実務家などからなる執筆者が、グローバルなものとローカルなものとの間の「接合領域」に着目し、豊富な調査経験にもとづいて、さまざまな人道支援の現場で何が起こっているのかが詳細に示している。そして、そうした現場の実態をふまえ、本書が「内的シェルター」と呼んでいる遊牧社会内部で培われてきた危機への対処を生かして、人道支援をどのように「ローカライズ」できるのかが検討されている。
2018年度の「地域研究コンソーシアム賞・研究作品賞」と「国際開発学会特別賞」を受賞したことからもわかるように、本書の学術的意義は内外で高く評価されているが、私の個人的なことをいえば、冒頭に述べたように、大きく複雑な問題に対してときに無力感にもさいなまれることがあるなかで、自分が問題解決の力になりうることを示してくれる本書は、フィールドワーカーを勇気づけてくれるものでもあるように思う。アフリカ遊牧民を取り巻く現状はきわめて深刻で、楽観的な見通しをもつことはできないが、それでも前向きに地道な取り組みを続けていく力を与えてくれる本書が、多くの方に読まれることを願っている。(※アフリック会員からは、編者の孫暁剛、村尾るみこ、松浦直毅が寄稿しています)
目次
序章 人道支援におけるグローバルとローカルの接合―東アフリカ遊牧社会の現場から
第1部 支援の現場から人道支援を再考する―食糧・物資・医療・教育
第1章 食糧援助からの脱却を目指して─ケニア北部の遊牧民レンディーレの食糧確保
第2章 元遊牧民の多角的な生計戦略─ウガンダの難民居住地における南スーダン難民の実践
第3章 物質文化と配給生活物資の相補的関係―東アフリカ遊牧社会における国内避難民のモノの世界
第4章 武力に対抗する癒し―ウガンダ・ナイル系遊牧民の多文化医療
第5章 科学知と在来知の協働―エチオピア・オロモ系遊牧民の民族獣医学的実践
第6章 教育難民化を考える―ケニアのカクマ難民キャンプにおける教育の状況と課題
第2部 政治的・文化的・社会的文脈のなかで人道支援を再考する
第7章 難民開発援助の可能性と限界─ウガンダにおける生計支援の事例から
第8章 ベーシック・ヒューマン・ニーズとしての文化遺産―ソマリランドの生活文化と考古学的発見
第9章 レジリエントな社会の構築とソーシャル・キャピタル―エチオピアの遊牧民・農牧民コミュニティにおける旱魃対策支援
第10章 紛争後の農業再構築―アンゴラの農耕民がとった新生活戦略
第11章 困難に直面する森の民―アフリカ熱帯林に住む狩猟採集民の人道危機
第12章 人道支援を遊牧的にローカライズする―遊牧社会の脈絡で再定義する試み
終章 東アフリカ遊牧社会の現場からみた新しい人道支援モデルに向けて
書誌情報
出版社:昭和堂
発行:2018年
単行本:320頁
定価:6,400円(+税)
ISBN-13: 978-4812217115