『越境する障害者—アフリカ熱帯林に暮らす障害者の民族誌』戸田美佳子=著

紹介:戸田 美佳子

アフリカで障害を抱えて生活するとなると、その生活はさぞ厳しいだろう、悲惨なものだろうと考える人は多いかもしれない。実際にマスメディアは、アフリカではこれまで障害を「呪い」や「罪」と結びつけて考えるために、障害者が外部に対して隠蔽されているというイメージを発信してきた。こうした「隠された障害者」像に対して、私がカメルーンで出会ったのは、村で農作業をしたり、森で食物の分配に与かったり、母や父として子育てしたりといった「あたり前」の日常を営む障害者であった。これまでの障害やケアに関する議論をめぐって私たちが感じる、ある種の「息苦しさ」はそこではあまり感じられない。それはなぜかというのが、本書の出発点となっている。

本書の舞台となるのは、コンゴ盆地に広がる世界第二の森林面積を誇る熱帯林である。そこには、ピグミー系狩猟採集民の一集団であるバカ(私たちが聞くとびっくりするような言葉だが、もちろん日本語のような意味はない)と、主に焼畑農耕を営む複数の言語集団の人びとが住んでいる。本書では、こうした狩猟採集民・農耕民社会で、私が出会った4人の身体障害者—下半身のマヒを抱えながらも、換金作物であるカカオの生産を営む農耕民の青年ジュドネと、女性が担う自給作物の栽培や酒造りなどをおこなう農耕民女性モニーク。狩猟採集民バカの長老アヴァンダ。大酒のみでよく酔っぱらっていたが、底抜けに明るく憎めない狩猟採集民のジェマ—の日常をモノグラフとして描いている。

本書の一つの特徴は、彼らが森や村といった生活環境や農耕民と狩猟採集民という社会的境界を横断しながら、どう日々の生活を確立しているのか、その様に焦点を当てている点である。そこでタイトルを「越境する障害者」としてある。ただし彼らが営んでいたのは、そこに暮らす他の人びととまったく同じ、農耕や狩猟、採集であった。彼ら障害者の、「一人前」の存在として生業を営み、そしてケアをとおして多様に社会とつながる姿は、私の眼には印象深く映り、調査を進めるうちにすっかり魅了されてしまった。障害者と周囲の人びとが、たとえ互いの状況は同じではなくても、「一人前」として相手に対せるような社会のあり方をとおして、本書は私たち—障害者・非障害者、農耕民・狩猟採集民、そして男性・女性—の豊かな共在への可能性を探っていく。

障害者はたしかに、さまざまな他者の手助けを必要とする存在ではあるが、それゆえにこそ、周囲とより密接な関係を必要とする存在と言える。そのような形で社会のなかで他者と関係しながら生きる人格、すなわち社会性に支えられた存在としての障害者に注目することで、さまざまな立場や地位、階層からなるアフリカの重層的な社会を紐解くヒントになるのではないだろうか。

目次

本書の舞台と主な登場人物の紹介
序章 問題の所在
1 障害における医療モデルと社会モデル
2 アフリカにおける「隠された障害者」像
3 障害者のカテゴリー化とその「息苦しさ」
4 分析の対象——生業とケア
第1章 カメルーン熱帯林に暮らす人びと—調査地の概説
1 「森の世界(ピグミー)」と「村の世界(農耕民)」
2 東部州における社会環境の変容
3 狩猟採集民バカと農耕民の混住村——調査村モンディンディム村
4 本書の主人公たち
コラム㈰ ある昼下がりの過ごし方
第2章 障害のフォークモデルと西欧的障害観の移入
1 病気と障害
2 アフリカ諸国における西欧的な障害者の枠組みと政策の移入
3 障害者と慈善活動——カメルーン東部州における取り組みとその影響
4 私たちの障害観とカメルーン農村に暮らす人びとの障害観
コラム㈪ カメルーンの車いす事情
第3章 障害者と家族—居住形態と婚姻関係
1 狩猟採集民バカと農耕民の居住形態と婚姻関係
2 障害者の婚姻の選択と同居親族
コラム㈫ 「マダム」と呼ばれること
第4章 熱帯林に暮らす障害者の営み—生業活動と生計
1 農耕民と狩猟採集民バカの生業
2 農村に暮らす身体障害者の生計手段——広域調査の結果より
3 農耕民・狩猟採集民の障害者の生業活動——参与観察の結果より
4 日常実践におけるケア——生業とその担い手
5 インター・エスニックな生業活動と日常に内在化したケア
コラム㈬ 病院に行った狩猟採集民ジェマ—ジェマと村人、そして調査者の経験
終章 結論
1 アフリカに「ケア」はあるか?——「ケア」を再考する
2 障害者の越境
3 障害と平等——障害の「息苦しさ」の正体
4 共同性と対等性が織りなす社会へ

書誌情報

出版社: 明石書店
定価: 本体4,000円+税
発行: 2015年3月
A5判/224頁
ISBN: 978-4750341767