紹介:桐越 仁美
歴史児童文学『くろ助』は本能寺の変と織田信長に仕えた黒人青年を題材としており、その斬新なテーマ設定から、日本の戦後の歴史児童文学に大きく貢献したと評価されている。「くろ助」「カルサン弥助」「くろ入道」などと呼ばれた黒人青年と、同じく信長に仕える人びととの会話が中心となって、黒人青年の視線で本能寺の変が描かれていく。
この物語は史実をもとに記されている。モデルとなっている黒人青年は実在の人物で、イエズス会のイタリア人巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日した際に同行させていた奴隷であった。フランソワ・ソリエの記した『日本教会史』では、出身地はポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)であるとされる。史料によると、信長は黒人青年を初めて見たとき、肌に墨を塗っているのではないかと疑い、着物を脱がせて何度も洗ったという。珍しいもの好きの信長はこの青年を気に入り、ヴァリニャーノに交渉して譲り受け、「弥助」と名づけて正式な武士として身近に置くことにした。「十人力の剛力」と評された弥助は、信長にいたく気に入られ、ゆくゆくは城主にという話も出ていたという。弥助は本能寺の変にも居合わせ、信長の死を知った後に二条城に赴き戦った末、明智軍に捕縛された。明智光秀により処刑を免じられた弥助は南蛮寺に送られたが、その後の消息は史料に記されていないため、不明である。実在の弥助に関して、詳しくは藤田みどりの著書である『アフリカ「発見」—日本におけるアフリカ像の変遷』でも読むことができる。
本書では、故郷に思いを馳せながらも、弥助が明るく日本人と過ごす様子が描かれている。当時の日本人は黒人を見るのが初めてであったため、弥助の出現当時は人びとの好奇心から町中が大騒ぎになった。弥助は信長のもとでよく働き、館の女性にお願いされれば芸を見せ、日本の歌に合わせて故郷のダンスを踊ってみせる。最初は「珍しいもの」として扱われていた弥助だが、その陽気な性分から、次第に信長以外の人びとにも気に入られるようになっていく。400年前のアフリカ人と日本人の出会いと心の交流の物語は、アフリカをより身近に感じさせるはずだ。
書誌情報
出版社:岩崎書店
発行:1968年1月