見習い生たちが試験に受かってほっとしていると、現地のNGOスタッフのロジェが「どうも仕立・髪結いの資格を受けるまでに、必ずオグンという儀礼を受けなければならないらしい」と言ってきました。他の仕立屋からアドバイスを受けたようです。通常見習い生になった時にするものですが、とにかく資格を得るまでに済ましておかないと、彼女たちが実際にアトリエの主人になった際に、自分の見習い生にその儀礼をすることができなくなると言います。そしてそれは、見習い生を預ける親にとって信頼に関わる問題らしいのです。
オグンというのは、ベナンの在来信仰のヴォドゥンの神であり、鉄を司るとされています。仕立・髪結いなどの職業の繁盛・安寧にもつながりが深い神です。NGO活動で宗教的な儀礼にお金を使ってよいかという議論がメンバーの中でなされましたが、実際に見習い生の職業的将来に関わる話なのでいいだろうということになりました。
儀礼はあらかじめ日程を決めて、仕立・髪結いのアトリエで行いました。まず、関係者は祝福を与え、見習い生にビールを味見させて、味はどうだと聞きます。見習い生は「苦い」と答えます。次にコーラを渡して飲ませ、味はどうだと聞きます。見習い生は「酸っぱい」と答えます。最後に言葉で祝した後、見習い生に砂糖か甘味飲料を飲ませて、味はどうだと聞きます。見習い生は「甘い」と答えます。これによって、今後のその子の人生は「甘い」ものになるのです。そして見習い生たちに、職業として必要なもの、例えば櫛やハサミなどが両手に渡されます。
NGOがあるベナン南部はキリスト教と在来信仰のヴォドゥンの影響が強い地域です。とはいえ、見習い生のための儀礼を行う人々は、必ずしもヴォドゥンを信仰しているわけではなく、むしろキリスト教徒の方が多いです。しかし、それでも今回のように、在来信仰と関わり合いのある儀礼が、職業や生活上どうしても必要なものとして出てくることがあります。それは、通常「無宗教」あるいは「仏教かなあ」と言いつつも、神社で七五三に行ったり、神主を呼んで地鎮祭を執り行ったりする日本の信仰の在り方と少し似ているようにも思えます。ともあれ儀礼も済み、後は(そのうち来るはずの)資格証書を待つばかりです。あともう少し!