『それでも、彼女は学校へ――エチオピア村落の教育とジェンダー』有井晴香=著

紹介:牛久晴香

わたしが大学院生だったころ、学校教育というテーマは、地域研究や文化人類学のなかではどこか敬遠されていた。当時、国際社会は「ミレニアム開発目標(MDGs)」の達成をめざし、「初等教育の完全普及」を絶対善として推し進めていた。「すべての子どもに教育を」というスローガンは、地域の生活世界を重視する研究者のあいだでは、西欧中心主義的な価値観をアフリカに押しつけるものとして警戒されていた、といって差し支えない。そのような空気のなかで学校教育を研究しつづけた本書の筆者は、数少ない「サバイバー」のひとりといえる。

なぜ人びとは学校に通うのか。この問いにアフリカの当事者の視点から迫った研究は、実は多くない。『それでも、彼女は学校へ』というタイトルを見たとき、わたしはその答えが書かれているのではないかと期待して、本書を手に取った。しかし読み進めるにつれて、本書が描こうとしているのは、「彼女が学校に通う理由」を超えて、「彼女の生きざまそのもの」のように思えてきた。

物語の主人公は、エチオピア西南部に暮らすマーレの女性たちだ。家父長的な価値観が強い社会のようだが、筆者は彼女たちを「抑圧される存在」としてではなく、誰かに頼ったり支えられたりしながら、それでも自分の人生を選び取っていこうとする「自律的な主体」として描きだそうとする。そして、本書に登場する女性たちにとって、就学は紛れもなく人生の大きな転機のひとつだった。夫や親族の反対を押し切って学校に通う女性もおり、彼女たちが学校や、知識を得ることそのものに大きな意味を見出していることがみえてくる。

読者によっては、後半の分厚い語りの多くが「彼女が学校に通う理由」に結びつかないことに違和感を覚えるかもしれない。ただ、これはわたしの憶測にすぎないが、本書をまとめる過程やフィールドでの経験を通じて、筆者の関心は「家父長的な社会のなかで、女性たちはどのように自らを位置づけ、問い直しながら生きようとしているのか」というテーマへと、いつのまにか広がっていたのではないだろうか。結論の冒頭に置かれた「私の人生の物語は尽きるものではない」という言葉には、その心のうちが滲んでいるように思う。

学校教育に関心がある人はもちろん、ジェンダー、社会規範、そして「自分の人生をどう生きるか」という問いに関心のある人にも、本書は示唆を与えてくれるだろう。マーレの女性たちの語りは、あなたの人生の歩みにもどこか重なるところがあるかもしれない。