コンゴ・声をつなぐプロジェクト(第1話)

コンゴ民主共和国でフィールドワークを続けている会員が、困難な生活を乗り越えようと奮闘している調査地の人々の生活を支援しています。コロナ禍や現地状況の悪化によって長らくプロジェクトは休止していましたが、2026年、いよいよ新たなプロジェクトが始動しました!!名づけて「声をつなぐプロジェクト」です。

プロジェクトの背景はこちら

第1話:ワンバでの研究活動の再開に向けて(松浦直毅・山口亮太)

静寂に包まれた闇夜を切り裂くようにして、ヘッドライトを光らせた5台のバイクが列をなして疾走する。2025年8月12日、ここはコンゴ民主共和国の深い森の中、時刻は19時をまわっていた。8月11日に首都キンシャサからセスナ機で移動し、11日から12日にかけて県庁所在地ジョルでのさまざまな準備と手続きをおこない、さらに4時間以上かけてバイクで悪路を進む、という長い旅路を経て、いよいよワンバ村が近づいてきた。今回の道のりがひときわ長く困難だったのは、移動時間のためだけではない。ワンバでのすべての研究活動が中断して以来、2年以上ぶりに研究を再開させるための旅だったからである。

上空から調査地域をのぞむ

ワンバは、1973年の調査開始から50年以上にわたって、ボノボをはじめとする野生動物や地域住民を対象とした研究の歴史をつむいできた。1990年代から2000年代にかけて内戦による中断があったが、2000年代以降は若手研究者も次々に参加して、研究は大きく発展してきた。しかし、2020年のコロナ禍が大きな転機となった。現地にいた研究者は撤退を余儀なくされ、その後の本格的な活動再開までには長い時間と多大な労力を要した。
そうしたなかで、長年にわたって築かれてきたワンバ村の住民と研究チームの協力関係にもひずみが生じていった。政治経済状況の時代的変化から、研究チームに対する住民の要求はエスカレートし、ついには「村に携帯電話の電波塔を建設せよ、できなければ研究活動は認めない」という強硬な主張までなされるようになった。一部の住民が攻撃的な態度さえ示すようになったことで、いよいよ研究活動が続けられなくなって中断に至ったのが2023年のことだった。

その後、現地研究機関のスタッフと連携して遠隔でやりとりしながら、なんとか研究の灯を絶やさないように努力を続けてきた。住民たちも、研究活動がもたらす雇用や研究チームによる地域支援の重要性を再認識して、研究活動の再開を望むようになっていた。

こうして2025年8月、中断していた研究活動を再開させるべく、いよいよ研究者が現地に赴くことになった。はじめはボノボ研究者ではなく人類学者が行った方が良いだろうということで、われわれに白羽の矢が立った。過去に実施したプロジェクトでの協働を通じて、われわれも住民と良好な関係を築いてきた自負はある。しかし、要求がエスカレートして以降の強硬な態度や攻撃的な姿勢も知っていただけに、われわれが行ったらどのような反応があるのかおおいに不安だった。かれらはどんな要求をしてくるだろうか、寄ってたかって責められたらどうしよう、それどころか村につくやいなや縛り上げられて拘束されるかもしれない。村が近づくにつれて胸が高鳴ったのは、久しぶりのワンバへの期待というのではなく、何が起こるかわからない不安が大きかったからである。

県知事らと

19時15分、いよいよワンバ村に入る。村のまんなかを貫く道を突っ走っていると、ところどころにアブラヤシの葉のアーチがしつらえられているのに気づく。一瞬、何かの儀礼があったのかと思ったが、そうではない。これは、われわれを歓迎するしるしだ。われわれの到着に気づいた人々(気づいたというよりも、われわれが到着すると聞いて昼間からいまかいまかと待っていた人々)が、バイクの音を聞いて大歓声をあげる。真っ暗で人の顔はほとんど見えないし、旅の疲れもピークに達していたが、バイクの上から道の両側に向けて、精いっぱい手を振ってあいさつを返す。

ワンバまでの道中は困難

村を縦断する「凱旋」の末に、村の南端近くのワンバ基地にたどり着く。大勢の人だかりが大歓迎のようすで迎えてくれる。見知った顔がつぎつぎと出てきて握手を交わす。不安は感動と興奮に変わり、胸にせまるものがある。2年以上の空白があったが、基地はきれいに掃除されており、すぐに使えるいつもどおりの状態に整えられていた。身体を休めていると、ほどなくして食事が出てくる。キャッサバの団子(クワンガ)と鶏肉の煮込み、これもいつもの味だ。ようやく人心地がついて、安心感に包まれた。

基地についたばかりのようす

さてしかし、これにて任務完了というわけではない。抱えてきた不安は、大歓迎で迎えられてもまだ消えてはいない。研究活動再開に向けた重要な会議が待っているからである。到着翌日の8月13日午後、さっそく村長の家の前に集まって話し合いがおこなわれた。この会議も、どんな批難や糾弾が出てくるのかという不安をよそに、きわめて平和的に終始した。研究活動の再開を待ち望んでいたのは、かれらも同じだったのである(それならはじめから無理難題をつきつけて追い出すなよ!とはいわないでおこう)。歴史ある調査地の存続をかけて研究活動再開の手はずを整えるという、われわれに課された重大なミッションは、かくしてほとんど何の苦労も困難もなく達成されたのだった。

村での会議のようす

2026年、ワンバでの研究活動は本格的に再開された。50年続いてきたワンバの歴史は、次の50年に向けてつながり、歩みはじめたところである。今後の研究の発展にご期待いただきたい。

ワンバから帰る道中も困難

※おまけ:ワンバへのバイクの旅の動画を以下にまとめています。なかなかたいへんな旅の一端を体験してみてください。

バイクの旅