『夜、すべての血は黒い』(Frère d’âme)ダヴィド・ディオップ=著、加藤かおり=訳

紹介者:池邉智基

第一次世界大戦では「セネガル歩兵」という名で西アフリカの各地から集められた黒人兵士たちが第一線で戦わされていた。戦地にて友マデンバ・ジョップ(※1)がはらわたをさらすほどの傷を負い、主人公アルファ・ンジャイはジョップから「殺してくれ」と三度頼まれる。二人はセネガルで同郷の幼馴染であるだけでなく、ンジャイとジョップという名字はお互いをからかうことができるという冗談関係(※2)にある。しかし、自分が言った冗談がきっかけで友人ジョップが瀕死の傷を負ってしまったと思い込み、狼狽えるうちに息絶えさせてしまったことを後悔する。幼馴染を失い、さらに熾烈な戦闘で次々と死を目前にしていく最中、主人公はさらなる狂気に囚われていく。

本書『夜、すべての血は黒い』(原題:Frère d’âme (魂の兄弟))は、セネガル人の父とフランス人の母をもつ小説家ダヴィド・ジョップによる、第一次世界大戦を舞台にした作品であり、ブッカー国際賞や、高校生が選ぶゴンクール賞を受賞している。本書が刊行された2018年は、第一次世界大戦集結から100周年にあたる。近年、セネガル歩兵を舞台にした作品は多く作られており、以前紹介した『人類の深奥に秘められた記憶』にもセネガル歩兵についての描写がある他、オマール・シー主演の映画Tiraillaeurs(日本未公開作品)などの映像作品も作られている。アフリカ大陸からヨーロッパでの戦闘のため連れてこられた黒人兵士たちは、言葉もわからないままに「祖国」であるフランスのためにアフリカ各地から集められ、多くの戦死者がいた。これまで主要なトピックとして語られることは多くなかった「セネガル歩兵」だが、多くのサハラ以南アフリカにルーツを持つ人々にとっては忘れてはならない存在である。

この小説は主に主人公のモノローグによって構成されている。主人公アルファ・ンジャイは、戦功賞をもらうほどに力強く、勇敢でありながら、どこか影のある寡黙な兵士である。友であるジョップに死の機会を与えてしまったこと、ジョップが苦しむ前に殺してやれなかった後悔から、ンジャイは人間的であろうとするが故の狂気に駆り立てられていた。それが、戦地で敵を殺し、手を切り落とすことであった。敵の手首を持ち帰った当初、仲間たちは称賛の眼差しで見ていたが、集めた手が三本、四本と増えていくと周囲の眼差しは変化し、ンジャイは狂気じみた非人間的な存在「魂食い」として忌避されるようになる。

七本目を集めた時点でンジャイはもはや人間扱いされなくなり、フランス人の隊長から「文明化された戦争」の「規則」に沿っていないことを理由に、休息をとることを命令され、医師のもとで精神的治療を施されるようになる。フランス人医師のもとで絵を描くという、カウンセリングのような、実験的行為を受ける中で、一人の黒人兵士の、心の闇の奥が紐解かれていく。そして、ンジャイの出自から出兵までをめぐる物語へと移行し、セネガルの口頭伝承を用いた寓話的な構造と、植民地時代の歴史物語が絡み合いながら、アルファ・ンジャイとマデンバ・ジョップという、二人の「魂の兄弟」をめぐる物語が開かれていく。戦争を舞台とした作品でありながら、故郷セネガルの地にも存在し続ける支配や収奪を描く本書は、セネガル歩兵の視点から失うことの絶望と生への希望の揺れ動きを鮮やかに映し出す作品である。

※1:本書あとがきで訳者が「本書では著者の意向を確認し、フランスでの慣例的な読みに基づいて表記した」とあるが、たしかにセネガルでの発音は異なる。本稿では、セネガルでの発音に合わせたカタカナ表記に合わせつつ、その相違点を指摘したい。

まず著者名David Diopは、カタカナ表記するならばダヴィド・ジョップである。フランス植民地支配を受けた頃から、セネガルの固有名の表記はフランス語表記が一貫して用いられているが、フランス語表記でdiaと書かれている場合、フランスでの慣例的な読みではディアと読むところを、セネガルではジャと読み、dioと書かれている場合にはディオと読むところをジョと読む。そのため、本書で「ンディアイ」と書かれている名字は「ンジャイ」、「ディオップ」と書かれているところは「ジョップ」とするべきである(事実、ウォロフ語表記ではそれぞれNjaayやJoobと書かれる)。

その他に書かれている固有名についても、以下に触れておきたい。「シェイ・アミドゥ・カヌ」は、「シェーフ・アミドゥ・カン」(Cheikh Hamidou Kane)と表記するのがふさわしい。「ディアロ」は「ジャロ」(Diallo)、「ガンディオル村」は「ガンジョル村」(Gandiol / Ganjool)が現地の発音としては正しい。「アウサ族」として登場する民族名は、正しくは「ハウサ族」(Haussa)である。また、「サルル」は、「サール」(Sarr)と「サル」(Sall)のいずれかと思われる。

また、魂食いや妖術師として登場する「デーム」については、ウォロフ語ではdëmmと表記するため、「ドゥム」が正しい表記である。同様にトカゲの名前として登場する「オゥンク」はウォロフ語表記ではunkであり、ウンクが正しい表記である。

その他にも表記の問題については指摘できるところはあるものの、それらは本書の翻訳の質を問うものではない。

※2:本書の訳文では「冗談の親戚」と書かれている。

書誌情報
出版社:早川書房
発売日:2024年7月18日
単行本(ハードカバー):208ページ
ISBN-13:978-4152103468
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