紹介者:宮内 洋平
1990年代半ば以降、政情不安と経済危機に直面したジンバブエから、多くの人が南アフリカ(以下、南ア)に逃れて難民となった。この映画はワインの知識ゼロだった4人のジンバブエ難民が新天地のケープタウンでソムリエとなり、さらにフランスで開催される「世界ブラインド・ワイン・テイスティング選手権」(2017年)にジンバブエ代表として出場するという嘘のようなまことのドキュメンタリーである。映画に登場するワインライターが言うように「エジプトがスキー選手を集めてオリンピックに出るようなもの」だ。
チームリーダーのジョゼフは2008年に貨車で国境を越え、ヨハネスブルクのメソジスト教会に助けられ、その後、ケープタウンのレストランの菜園を耕す仕事をもらい、のちにウェーターに採用されてソムリエとなった。「ここにいるのは助けてくれたすべての人のおかげだ。世界に感謝している」とインタビューを受けながら感極まる。
2008年に祖国を出たティナシェは、ワインといえば赤と白があるということぐらいしか知らなかった。彼は今や南アトップのレストラン、ザ・テスト・キッチンでシェフから絶大な評価を受けるソムリエだ。
バードンはジンバブエの経済状況が悪化の一途を辿る中、妻とともにケープタウンに移住した。母を楽にしてあげたいとの思いで祖国を離れたが、その直後に母は急死してしまったという。ジョゼフと同じレストランで働き、彼の影響を受けてワインに興味を持つようになった。
マールヴィンは敬虔なキリスト教徒の家に生まれ育ち、飲酒は禁じられていた。コンピューターの勉強のために南アに来たが、ウェーターのアルバイトをしたことがきっかけで、ソムリエとなった。両親は息子が「ワインのプロになるとは思わなかったが、神のお導きだ」という。
別々の人生を歩んできた4人はケープタウンの一流レストランに欠かせないソムリエに上りつめ、崩壊する祖国、ジンバブエの代表として闘うことになった。チームのトレーニングを南ア出発まで買って出た、南ア代表チームのコーチ、ジャン・ヴァンサン・リドンや、チーム・ジンバブエのコーチとなったフランス人のドゥニ・ガレなど、魅力的な脇役たちはまるで役者のようでドキュメンタリーであることを忘れてしまう。渡航費はクラウド・ファンディングで集まった。彼らをサポートし、チャンスを与えた大会主催者は西洋上流社会が独占するワイン文化に風穴を開けたいという思いがあったようだ。前夜祭のディナー会場で4人はショナ語で歌を歌い、アフリカの風を会場に吹き込んだ。
ブラインド・テイスティングのルールはシンプルで、赤白6本ずつのワインの品種、生産国、生産地域、生産者、生産年を当てて、得点が最も高いチームが勝利する。24ヵ国が出場した2017年大会の様子と結果はぜひ映画をご覧いただきたい。チーム・ジンバブエのフランス人コーチ、ドゥニのダメっぷりと4人のジンバブエ人選手の冷静沈着さに鑑賞者は笑いを堪えられないだろう。
ジンバブエ人がどのようにして南アにたどり着き、生活を立ち上げられたのかに、私も南アに暮らしていた時に興味を持ったことはあったものの、ライフヒストリーを集めるのは容易ではなかった。この映画は4人のジンバブエ人青年が南アで新しい人間関係をどう築いたのかだけでなく、故郷に残した家族の様子も映し出し、ニュースで報じられる「難民」という集団ではなく、それぞれの人生を描き出すことに成功した。ジョゼフは南ア到着当初の状況と今の状況のあまりのギャップに戸惑い示しつつ、「過去の苦しみを決して忘れることはできない」という。祖国を去らざるをえなかった彼らだが、ジンバブエ人であることに誇り持ち、ジンバブエの旗の下で大会に出られたことを喜ぶ。「ジンバブエには、たくさんの才能が埋もれていて、みんなで力を合わせれば、豊かな国を取り戻せる」と信じているからだ。「変えるのは政治家じゃない。僕らが“変化”だ(We are change)」というメッセージは、ますます混迷を極める時代に生きる私たちに勇気を与えてくれる。
DVDの情報
出演: ジョゼフ・ダファナ、マールヴィン・グーセ、ティナシェ・ニャムドカ、パードンタグズ、ジャン・ヴァンサン・リドン、ドゥニ・ガレ
監督: ワーウィック・ロス& ロバート・コー
販売元: アルバトロス株式会社
発売日:2023年4月
時間: 97分
作品へのリンク:https://amzn.to/3Ek8lLQ