『エチオピアの歴史を変えた女たちの肖像』 テケステ・ネガシュ=著、ベリット・サフルストローム=タペストリー、眞城百華/石原美奈子=共訳

紹介:眞城百華

本書は、エチオピア史・エリトリア史の大家であるテケステ教授と彼の人生のパートナーであるタペストリー作家サフルストローム氏による共作であるWoven into the Tapestries:How Five Women Shaped Ethiopian Historyの邦訳である。

歴史記述では政治の表舞台にたつ男性たちが中心に扱われる傾向にあるが、本書で描かれる5人のエチオピア史にかかわった女性たち(1名はイギリス人女性)がいかにエチオピア史を変える重要な役割を果たしたのか、が彼女たちの人生とともに詳細に綴られている。

これらの女性たちはエチオピアの歴史の重要な局面に登場しており、女性たちの活躍とともにエチオピアという国の歴史も深く知ることができる入門書ともなっている。

第1の女性は、女王アハイェワである。エチオピアの起源ともいわれるアクスム王国は4世紀にキリスト教を国教化し、現在に至るまで信仰が続いており人々の生活に深く根付いている。女王アハイェワは、7年間アクスム王国を統治し、その後も息子たちと共に続く4年間も王国の統治にかかわった。女性がアクスム王国の王であったことも興味深いが、彼女は初めてキリスト教に改宗した王でもあった。

第2の女性は「シバの女王」としても知られるマケダである。本書では「シバの女王」伝説を検証しつつも、6世紀のアクスム王国を取り巻く近隣の王国との関係や王国の独立性について詳細に検討している。さらにこの時期から現代にいたるまでエチオピアで継承されてきたマケダに関する物語が、エチオピア国民国家の礎を築くために果たした役割についても取り上げられている。

第3の女性である王妃エレニは、15-16世紀のエチオピアにおいて活躍した。当時のエチオピアは東部のイスラーム勢力の伸長による脅威にさらされ、同時に大航海時代の幕開けとともにポルトガルと関係を構築した。ポルトガルによる軍事支援を受けて、キリスト教王国エチオピアの維持がなされたが、その背後で厳格なキリスト教徒であったエレニ王妃は代々のエチオピア王に助言を与え、ポルトガルにエレニ王妃が書簡を直接送り、王国の維持のために暗躍した点が明らかにされている。

第4の女性は、王妃タイトゥである。19世紀後半からアフリカ諸国は列強によるアフリカ分割の脅威にさらされたが、エチオピアは独立国の地位を維持した。イタリアとのアドワの戦いの勝利に注目が集まるが、それに先立つイタリアとのウチャレ条約締結後に顕在化した両国の対立においてタイトゥ王妃は王であるメネリクよりもはるかに強硬にイタリアの植民地化の野心をくじくために政治力を発揮してきた。アドワの戦いにも自軍を率いて参戦したタイトゥがエチオピアの独立ならびに近代国家の礎を築くために果たした役割は注目に値する。

第5の女性は、シルビア・パンクハーストである。イギリスの女性参政権運動サフラジェットにおける役割でも著名なシルビアは、その後反ファシズム運動で活躍した。1935年にエチオピアがムッソリーニ政権により侵攻され、5年間の占領を経験すると、シルビアはイギリスに亡命したエチオピアの皇帝ハイレセラシエと接触し、エチオピアの独立回復のためにイギリス政界や欧米各国に働きかけた。エチオピアの地に埋葬された彼女がどのようにエチオピア史にかかわることになったのか、世界史とエチオピア史の接続も興味深い。

本書で取り上げられた女性たちは主にエチオピア北部を出自とする女性たちである。本書はこの5名の女性たちだけではなく、エチオピア各地の歴史に重要な役割を果たしつつ、女性であるためにその貢献が言及されてこなかった多くの女性たちの存在にも光を当てる重要性を示している。

女王アハイェワ、マケダ(シバの女王)、王妃エレニの3名は、その姿を後世に伝える写真などが残っていないが、タペストリーを作成したサフルストローム氏は、エチオピアの文化や歴史を踏まえて女性たちの姿を生き生きと描き出している。本書の表紙にもあるエチオピア女性たちがだれなのか、彼女たちはエチオピア史においてどのような役割を果たしたのか、タペストリーに編み込まれた背景や色合いは何を象徴しているのか。本書をよみながらタペストリーに込められたメッセージに思いをはせることもまた本書を楽しむ醍醐味でもある。

書誌情報

発行:上智大学出版 発売:ぎょうせい
ISBNコード 978-4-324-11391-2
発行年月 2024/05
販売価格 2,420 円(税込み)
商品ページ:https://amzn.to/3YFsunk