『アフリカから農を問い直すー自然社会の農学を求めて』杉村 和彦・鶴田 格・末原 達郎 編

紹介者:村尾るみこ

アフリックの初代代表であり、アフリカゾウと生きるプロジェクトを担当している岩井氏が「アフリカを学ぶ人へ」(世界思想社、松田素二編)『自然保護と地域住民』で鮮やかに指摘したとおり、経済成長主義路線のアフリカ開発は、自然資源を日常的に利用するアフリカの地域住民の生活に変化を余儀なくした。経済合理主義的なアフリカへの外部介入は、アフリカの人びとから、騙し打ちかのような搾取をおこなう。スマート農業をはじめとした、グローバル経済の流れにそった開発が、利益と成果を短期間のうちに追い求めるがあまりに、アフリカの人びとの視線に寄り添うことをしない。アフリカの人びとの日々の営みを、突然サッと奪い、自らの利益とする。効率性と生産性を重んじる開発をもとに構築されるアフリカ農業は、アフリカの人びとの現在や未来を、アフリカの人びとの内的論理からかけはなれたものにする。そのような農業は、アフリカにそぐわないものではないか。本書は、アフリカで拡大するネオリベラルで経済合理的な農業/農村開発の指向への痛烈な問いかけと批判を、思想家であるイヴァン・イリイチ氏や経済人類学者、そして伊谷純一郎氏、上山春平氏や掛谷誠氏ら京都学派の議論をベースに展開する労作である。

本書は、昨今、市場経済や国家単位で推進される開発がアフリカ農民の生活へ関わりを強めていることを指摘している。そして、その状況でのアフリカの人びとの農との対峙を、アフリカの人びとの論理を提示することで描き出している。さらに、アフリカ社会が、市場経済や国家単位ですすむ開発といかに自らの論理でもって接合し、市場や国家と距離を維持しようとしているのかを実証的に論じることに成功している。

本書の編者らのよって立つ農学は、農業の生産面だけでなく、自家消費や販売という消費の側面も取り扱う。そのような幅広い農学の観点から農業をみたとき、アフリカの農業は、実際のところ、実に多様である。アフリカの農業は、本書で指摘されているような、多生業・多品種の食料生産様式であったり、持つ者から持たざる者への分与や共食のような平等化を志向する社会規範で支えられる経済であったりする。アフリカ農民は市場経済が強く作用する社会の成り立ちや国民国家を前提する価値観と一線を画した、異なる生活様式を擁しているのである。

アフリックのエッセイや、料理レシピを紹介する上で、私たちはアフリカの国ごとの頁をHP上に作成している。その頁をアフリックのアフリカ先生や写真展といった活動で発信する度に、参加者がアフリカの国ごとで括れるかのような印象をもつことに気づかされてきた。国境では括れない、豊かなアフリカの日常を表現する努力は、アフリックがアフリカ料理レシピを紹介するHPで、同じ国のなかで違う料理レシピがあったり、異なる国で類似する食材や調味料を用いることを「面白い」ものとして話し合ったりすることで重ねてきた。私はアフリックでの活動のなかで、国家が存在するアフリカの現実を看過せず、一方で国家の枠組みだけでは語れない「面白さ」を社会に拓く方途がないか模索し続けてきた。全ての人に伝えられる形に出来ていないかもしれない。だが、アフリカ研究の先達たちが積み重ね、本書で農学、人類学者や地域研究者らが訴えるように、市場や国家に人びとが統治され完全に捕捉されているかのようなアフリカ理解に、アフリカの人びとの生活世界を紹介することで、生命を吹き込みたい。それは、アフリックの会員と、このアフリカおススメ本の記事を読む全ての人とで、アフリックの活動としてかなえたい。すぐにはその成果がわかりやすく世にでず、時に誤解を生み、時に言葉にならず、時間がかかっても。

 

本書の構成は以下のとおりである。

アフリカの可能性を世界に活かすために――はしがき

第1部 アフリカ農業から何を学ぶか
第1章 序論:アグラリアン・バイアスを超えて [杉村和彦・鶴田 格・末原達郎]
第2章 アフリカ農業の環境史観――遊動する農業とその起源 [足達太郎]
第3章 アフリカ農業・農村開発の失敗学 [鶴田 格・山根裕子・杉村和彦]

第2部 アフリカ農業・農村の特性把握
第4章 流動性と開放性――コンゴ盆地熱帯雨林の移動性とエキステンシブネス [小松かおり]
第5章 生業の複合性と多様性――熱帯アフリカの多生業 [坂梨健太]
第6章 農法や作物の非画一性――農耕の多様性がもたらすサブシステンスの安定 [山根裕子・杉村和彦]
第7章 分与の経済と食の安定――生きる場におけるなりわいとしての農 [杉山祐子]
第8章 富の蓄積と再生産――東アフリカ農牧社会における財と家族 [泉 直亮]

第3部 近代農学とアフリカの農
第9章 イデオロギーとしての近代農学の形成 [末原達郎]
第10章 国家農学と小農の対応 [池上甲一]

第4部 自然社会の農学
第11章 農業イノベーションのアフリカ的特質 [鶴田 格]
第12章 自然社会の農学へ向けて [杉村和彦]

終章 アフリカから農を問い直す [杉村和彦・鶴田 格・末原達郎・池上甲一]

あとがき

索 引

書誌情報
出版社:京都大学学術出版会
発行年月:2023年2月
単行本:478ページ
ISBN:9784812218273
出版社のサイト:https://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814004638.html
Amazonから購入できます:https://amzn.to/3U0Nv8E