『アフリカ湿原漁業の問題と展望:その在来知を探る』 今井一郎(著)、関西学院大学総合政策学部研究会(編)

紹介: 藤本 麻里子

本書は、1983年から2023年まで、40年間の長きにわたり、アフリカの内水面および湿原域において漁業・漁撈の調査を続けた著者の遺作である。著者の故今井一郎氏(元関西学院大学総合政策学部教授)は、2023年8月、マラウイ共和国のチルワ湖において漁業・漁撈の調査中に、乗っていたボートが強風で転覆する事態となり帰らぬ人となってしまった。生前に著者が発表したアフリカ内水面漁業・漁撈に関する論文や書き進めていた本書の原稿を、関西学院大学総合政策学部研究会がご本人の遺志を次いで編集され、出版に至った。

アフリカ内水面漁業・漁撈といえば、面積がアフリカ大陸最大の湖ビクトリア湖や、第2位のタンガニイカ湖、第3位のマラウイ湖といった大湖での商業的漁業が、規模も大きく、目を引く存在である。紹介者自身はタンガニイカ湖における漁業・漁撈の調査を行ってきた。しかし、本書の著者が一貫して関心を持ち続けたのは、大湖に比べれば規模の小さな湿原や河川流域における漁業・漁撈だった。それら湿原や河川で小規模な漁業・漁撈を営む人々が、地域資源に関する豊かな在来知を持ち、それを活かして持続的な資源利用を実現している姿を著者は追い続けた。そして、近代的な科学知を背景にトップダウンで強権的に実施される禁漁措置や伝統漁具の禁止措置などに対し、地域の人々の在来知を活かした政策立案の必要性を著者は本書の随所で訴えている。以下に、本書の構成を示す。

第1部ザンビア、バングウェル・スワンプでの漁撈活動

第1章スワンプ漁撈民の活動様式

第2章熱帯内陸湿原の追い込み漁

第3章バングウェル・スワンプにおける魚資源の持続性について

第2部アフリカ内水面漁業の多様性

第4章マラウイ国・シレ川下流域の事例から1

第5章シレ川下流域の事例から2:エレファント・マーシュ、バングラ・ラグーンの事例を中心に

第6章タンガニイカ湖北西部における漁撈活動と漁獲物流通の現状と諸問題

第3部チルワ湖とマラウイ国内水面漁業の問題と展望

第7章チルワ湖の事例から:2007年の調査を中心に

第8章チルワ湖南東部ルンガジにおける水産資源利用の事例:2015年の調査から

第9章チルワ湖西部の漁獲水揚げ地点における漁民活動の比較

第4部山の生活:ヒマラヤの麓に暮らす

第10章ネパールにおける山岳観光の現状と問題に関する人類学的研究:東部ネパール・バルン川流域の事例から

章立てを見ると、第4部で舞台がアフリカの湿原地域からネパールの山岳地帯に突如移ることに驚く人も多いだろう。著者は1974年に京都大学に入学後、山岳部に入って登山の魅力にどっぷりはまった学生生活を送った。登山の経験を活かし、ネパールの山岳地域における人類学的調査にも参画してきた。アフリカ湿原漁撈民とヒマラヤの山岳地域に暮らす人々。一見全く接点がないように感じるが、著者が自然資源を持続的に利用しながら平穏に暮らす人々の様子を、在来知という共通の視点で捉えようとした姿勢を本書から感じ取っていただけると思う。紹介者を含め、アフリカ漁業・漁撈の研究者は少しずつ増えてきたが、著者はそのパイオニア的存在である。本書は、1980年代から2020年代までのアフリカ内水面漁業・漁撈の変化を知ることのできる貴重な一冊である。ぜひ、多くの方に読んでいただきたい。

 

書誌情報

・出版社: 青灯社

・定価:本体3500円+税

・発行:2023年11月20日

・出版社のサイト https://seitosha-p.com/2023/11/post-111.html

・商品ページ:https://amzn.to/3ZGv7WZ