『アメリカーナ』 チママンダ・ウゴズィ・アディーチェ=著、くぼたのぞみ=訳

紹介:目黒 紀夫

破天荒な登場人物も、突拍子もない出来事も、想像を絶する急展開も(たぶん)ない。だけど、500頁を超えるボリュームを一気呵成に読み終えて思うのは、帯の推薦文が誇張も嘘偽りもなかったということだ。

「アディーチェの紡ぐ言葉の美しさ、アディーチェの描く世界の豊饒さ、またこんな傑作が読めるなんて、私は本当に幸せ者だ。」(西加奈子)

著者のアディーチェは1977年にナイジェリア南部に生まれ、19歳の時に奨学金を得て渡米した。そして2013年に出版した第二長編である本書で、アフリカ出身の作家として初めて全米批評家協会賞を受賞した。本書の舞台はナイジェリア、アメリカ、イギリスという三大陸にまたがり、同時に過去と現在も行き来する。

ヒロインのイフェルメは大学卒業後にナイジェリアからアメリカに渡り、ブロガーとして成功を収める。一見したところアメリカン・ドリームを実現したかのようなイフェルメだけれども、そこに至るまでの道筋は決して平坦ではなく、やがて故郷に帰ることを考えはじめ周囲を驚かせる。一方、彼女を追って渡米するつもりだった恋人オビンゼの計画は、9・11によって挫折する。その後に彼は親戚の助力を得てイギリスに渡るけれども、結局ナイジェリアでイフェルメとは異なる女性と結婚し、政治家として財産と地位を築くようになる。しかし彼もまた、自身の「成功」への違和感を拭えず、かつての想い人イフェルメを求めるようになる。

民政移管の前後でナイジェリアの人たちの生活や社会、夢がどのように変わったのか? 欧米に渡ったアフリカ人はそこでどのような差別や偶然、挫折や好機に直面するのか? そうした経験を経て、アフリカ人はどこで、誰と、どのように生きることを選ぶのか? 本書で何が描かれているのかと聞かれたら、このように答えることもできるかもしれない。しかし本書は小説、それも訳者の表現を借りるならば、「21世紀の大移民時代に大西洋を横断し、縦断しながら展開するコメディタッチのメロドラマ」である。何よりも頁を繰る手を進めるのは、たくさんの登場人物が現れる中にあっても、一人ひとりの心の機微を鮮やかに、しかし軽やかに描き出す筆者の筆致である(訳者の表現を借りるならば「登場人物の『キャラ立ち』加減がまた半端ではない」)。

ただし、その「軽さ」の中には著者ならではの「鋭さ」も潜んでいる点に注意が必要だ。その一番わかりやすい例が、イフェルメのブログ「人種の歯、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカ黒人(以前はニグロとして知られた人たち)についてのさまざまな考察」である。本書中には実際にイフェルメのブログ(とされる文章)が載っており、アメリカではアフリカ出身者は「黒人」というカテゴリーに問答無用で入れられること、アメリカの「肌色」の下着は黒くないこと、白人はオバマ大統領夫人のストレートヘアーが「ナチュラル」だと誤解していることなどが指摘される。本書が全米批評家協会賞を受賞した理由の一つに、このイフェエルメのブログがあることは間違いないだろう。

とはいえ、本書は何よりもまず、「キャラ立ち」加減が半端ではないコメディタッチのメロドラマであり、もはや「アフリカ本」というカテゴリーに収まりきらない大河小説の大傑作だ。さあ、あなたもアディーチェのつくりだす魅惑的な世界に飛び込みませんか?

書誌情報

出版社:河出書房新社
発行:2016年
単行本:544頁
定価:4,600円(+税)
ISBN-13:978-4309207186