『イースタリーのエレジー』ペティナ・ガッパ=著/小川高義=訳

紹介:目黒 紀夫

「ガッパの言葉に運ばれて、彼女ら・彼らがジンバブエからやって来る。遠いアフリカが近くなる。」

帯に書かれたこの言葉に惹かれて思わず買ってしまった。そのときのわたしは、日本でも以前に大きなニュースとなったハイパーインフレのもとでジンバブエの人たちがどんな生活を送っているのかを、この本から知ることを期待していた。最終的に100兆(ジンバブエ)ドルという、にわかには信じがたい額の紙幣が発行されたジンバブエ。年間のインフレーション(物価上昇)率は、数億%になったともいわれている。1年間で100円のお菓子が数百億円になる計算だ。「遠いアフリカ」というよりもむしろ、「常識を超えたハイパーインフレが起きたジンバブエ」について、そこに暮らす普通の人びとの様子を知りたいと思っていたのだ。

そんなわたしの期待は、いい意味で裏切られた。この本には独立した13の短編がおさめられている。話の舞台となる場所(都市、田舎、海外)や時代(独立前、独立後、ごく最近)、それにシチュエーションやトピック(葬式、結婚、移住、貧困、エイズ、弾圧など)は、とてもバラエティーに富んでいる。そのなかには、ハイパーインフレとは無関係の話もあるし、それが言及されるときもごくさりげなく触れられているだけだったりする。だから、最初の数編を読んだわたしは、「ちょっと物足りないなあ」と思った。もっとハイパーインフレの直接的な影響について書いて欲しいと思っていたのだ。

しかし、それからさらに読み進めるうちに、これはあくまで小説であってハイパーインフレについての専門書ではないのだし、このバラエティーに富んだ短編集というかたちでこそ、ジンバブエという国とそこに暮らす人たちの生活が身近に感じられることに気づかされた。ハイパーインフレが多くの人たちの生活に影響していることは本の随所でかいま見える。とはいえ、人びとはそれ以外にも、いろいろと思うようにうまくいかないことや、どうにかしないといけない難局に直面しながら生きている。この本がなにより面白いのは、13の短編のなかで、そんなジンバブエの様子がそこに生きるさまざまな人びとの目線から鮮やかに描き出されていることだ。

具体的にどんなストーリーがくりひろげられているのかは、ぜひとも本書を実際に手にとってたしかめて欲しい。この本では、携帯電話やインターネットが普及し、仕事や勉強のために海外との行き来が増えているアフリカの今が描き出されている。そうした点もふくめて、「遠いジンバブエが近くなる」ことまちがいなしの魅力的な小説だ。

書誌情報

出版社:新潮社(新潮クレスト・ブック)
定価: 2,052円(税込)
ISBN-13:978-4105901028
発行:2013年