帰りそびれた末の発見(タンザニア)

八塚 春名

「バスがきたよー!」
レオネラは大声で私を呼び、そのままバスを止めるために道路へ走っていった。ママと私は大急ぎで荷物をまとめ、サンダルを履いてバス停へと急ぐ。そんな私たちにはおかまいなしに、バスは大きな音をたてて走り去ってしまった。「こんなに早く来るとは思わなかったわね」と息を切らしていいながら、レオネラは私たちのところへ戻ってきた。

この日、ママと私は、3つとなりの村に暮らすママの娘レオネラのところへ遊びに来ていた。歩いたら軽く4、5時間はかかる道のりでも、バスに乗ればたったの半時間。9時半頃に村を出発するバスに乗り、2時間くらいレオネラとおしゃべりを楽しんで、お昼頃にまた私たちが暮らす村へ帰るバスに乗ればいい。そうなるはずだった。レオネラの家は、道路のすぐ脇にたっているし、バスは大きな音をたてて走るから、姿が見えるうんと前から、近づいてきていることは容易にわかる。見逃すことなどありえない。そのうえ、バスはたいてい予定の時刻よりも遅れてやって来るから、お昼くらいからバス停で待っていればいい。でも、今日は違った。荷物が少なかったのか、乗客が少なかったのか、なぜかバスは予定よりもうんと早くにやってきた。しかも、いつものように重く遅い走りではなく、軽やかに早く走り去り、音を聞いてから急いだ私たちには間に合わなかった。村を通るバスは片道1本ずつしかない。つまり、明日までもうバスは来ない。

さて、私たちはどう帰ろうか。

いつもなら、「しかたないね、じゃあ今日は泊まって、明日のバスで帰ろう」となるところだが、日本へ帰る日が間近に迫り、翌日に村を発つ予定でいた私は、そんな悠長なことをいっていられなかった。ママも、酒造りを途中で放ってきてしまったこと、家事をしない男所帯にひとりおいてきてしまった足の悪い姪っ子イバンヌのことなど、心配事がたくさんあり、絶対に今日中に帰るといいはった。レオネラは「でももう帰れないんだから、あきらめなさい」と何度もいったけれど、私たちは、結局、歩いて帰ることに決めた。

「そんなの無理よ!今からだったら日が暮れてしまうわ」とレオネラ。「昔は何度も歩いた道だから大丈夫」とママ。「昔っていつの話!?」と呆れ顔のレオネラ。「3年前にも歩いたよ」とママ。「こんなに暑い時間に歩くなんて、ハルナには無理よ」とレオネラ。「この子ならどれだけだって歩けるよ」とママ。「いつもは靴をはいているから歩けるけれど、今日はサンダルじゃない」とレオネラ。「サンダルに疲れたら裸足で歩くからいいよ」と私。「だいたい、酒造りなんて明日帰ってからやればいいじゃないの」とレオネラ。「それじゃダメよ、一日遅れたらダメになってしまうわ」、「そんなの、イバンヌに頼めばいいじゃない」、「あの子は足が悪いから、できないよ」。こうして私たちはレオネラをなんとか説得した。

 

帰り道

ちょうど太陽が一番高くなるお昼過ぎ。レオネラの村を出てすぐに、やっぱり暑い、と少し後悔。いつもはズボンにスニーカーという動きやすい格好だけれど、今日はお出かけのつもりで、スカートにサンダルだったから、レオネラがいったように、ものすごく歩きにくい。帽子もおいてきてしまった。そんな私に、頭に布を巻くようにとママが腰に巻いていた布を一枚貸してくれた。それを陽よけにしながら、ひたすら、村に帰ることだけを考えて、歩く。「次の村に着いたら、友達の家で水をもらいましょう」とママ。どこまで歩いても車は1台も通らないし、出会うのは、ウシとヤギと牧童だけだ。

木陰もないまっすぐな道を、1時間半くらいとぼとぼと歩き、もうすぐ隣村、というところで、ふと気がついた。まわりにはなぜかバオバブばかり。いつもはバスでさらっと通り過ぎているから全然知らなかったけれど、なぜかバオバブしか生えていない。「なんで?」とママに聞くも、「さあなんでかな。そんな景色ならあっちにもあるよ」とママが指さす反対側をみると、そっちもバオバブばかり。

 

バオバブばかりの景観

 

反対側にもバオバブばかり

レオネラの村を越えたところに、畑のなかにまるで計算したようにきれいにバオバブだけが残されている場所があることを、バスから何度も見て知っていた。私がお世話になっている村の人たちは「バオバブは大きくて伐るのがたいへんだ」といい、畑のために林を伐り開いても、大きなバオバブを伐らずに残すことも少なくない。だからたぶん、ここも数年前まで畑だったのだと思う。しかし、伐るのが特別にたいへんな、ずっしりした巨木ばかりが残っているという印象も受けない。むしろ、バオバブにしては比較的細いものが多いように思える。にもかかわらず、わたしの目の前には、ほんとうに、バオバブだけがにょきにょきと立っている。なんで他の木がないのか、どうしてこんなにバオバブだけを残すのか。暑いのと、疲れたのとで、果たして帰りつけるのかとさえ思っていたところ、バオバブばかりの景色に、私はいっきにやる気が沸いてきた。カバンからカメラを取り出して、写真を撮った。明日に村を去ることが残念で、次に調査に来たら、ここにもう一度来てみよう、そんなことを考えていたら、なんと、車が近づいてきた!今度はバオバブのことなどそっちのけで、止まってくれるよう慌てて手を振ると、車は私たちを少し通りすぎたところで止まった。その車は、私たちの村の教会に行くところだといい、幸運なことに、村まで乗せてもらえることになった。

家に着いてみると、私たちがバスから降りてこなかったことで、もう今日は帰ってこないと判断したイバンヌが、隣の家の女の子に手伝ってもらって、ママが放っていった酒造りを進めていた。そこへひょっこり現れたママと私に、目を丸くして「どうやって帰ってきたの!?」と尋ねた。ママと私は結託して「歩いてきたのよ、疲れたー」とヘトヘトを装っていうと、イバンヌはひどく驚いていた。私は、次にまた村に行った時には、あのバオバブ林の秘密を探りに、もう一度行ってみようと思う。でも、帰りのバスには乗り遅れないよう、細心の注意を払うことを忘れずに。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。