小動物が徘徊する恐ろしい夜 (エチオピア)

西崎 伸子

エチオピアの夜は動物達が駆けずり回る恐ろしい暗闇が広がっている。わたしはそれらの動物との「戦い」に毎夜神経をすり減らしてきた。動物といってもライオンやヒョウといったアフリカを象徴する雄大な大型野生動物を想像してはいけない。私を悩ますのはノミやネズミなどの小動物達である。

エチオピアの旅行者や滞在者を悩ます最たるものがノミである。ノミの威力は都市の一流ホテルにも出現するといわれるほどに凄まじい。ましてや田舎の小さな格安ホテルはノミの巣窟である。私は述べ4年間ほどエチオピアの都市や農村に滞在しているが,その間にノミに数千箇所ほど刺された。長期滞在する居住者の多くは,抗体ができてノミに刺されにくい身体へと「進化」していくが,わたしはいつになっても抗体ができず,刺されっぱなしであった。ライオンに噛まれた女優は後世に語り継がれるが,ノミに数千箇所噛まれた女性には哀れみの視線が注がれるだけである。

しかし,ただ刺されっぱなしではやる瀬が無い。ノミに対抗するためにこれまでに様々な手段を講じてきた。日本から持参した殺虫剤を部屋に撒き,さらにダニ・ノミ防止シートも敷いてみた。しかし,いずれもほとんど効果がなかった。一時的に彼らを退治できたとしても,翌日には元の状態にもどっていたのである。飛行機の搭乗の際に没収されそうになるのを死守して日本から持参した「近代的予防法」がまったく役に立たないこと知ったときの絶望感は思い出したくないほどつらいものであった。

このような経験を経て学んだもっとも効果的な予防手段は,彼らを直接皮膚にふれささないようにすることである。都市では乗り合いバスに乗っているときに,ズボンの裾やTシャツの袖,首まわりの間隙からノミが侵入してくる。かっこ悪いことなど気にしてはいられない。ズボンの裾を靴下の中にいれ,袖口の狭まった長袖のシャツを着て,さらに首にはスカーフを巻く。燦燦と照りつける太陽の下で,このような格好をしている日本人を周りから見れば,怪しいことこの上ない。20代(当時)の女性が決してしてはいけない姿だ。

そのような苦労をしていてもどこからか入ってくるのがノミのすごいところだ。何かモゾモゾすると思ったときにはすでに4,5箇所刺された後だ。その後数日は強烈な痒さに悶え苦しむことになる。しかもあまりにも小さくて捕まえることも難しい。さすがにわたしは数千箇所を刺された経験があるので捕まえるのが上手い。夜はノミがピョンピョンとよく飛び跳ねる。水をためた洗面器を就寝前に床に置いておくと,翌朝にはノミ数十匹が水面に浮かんでいることを数年前に発見した。床から跳ねたノミが勢いあまって水にはまってしまうようだ。「ばかなやつだ」と溺れるノミに向かってつぶやくことが精一杯の「仕返し」というのも物悲しい。

夜の睡眠を妨げるもう一つの小動物がネズミである。夜になると居候先の家の壁をネズミが縦横に駆けずり回る。普段は,追いかけたって捕まえられないし,眠たいのでネズミなんて「居なかった」ことにしている。しかしその晩は違った。何やら気配を感じてそっと目を開け,あたりを見渡した瞬間,真夜中の月明かりに照らされてほんのり光る部屋の片隅に佇む2匹のネズミとガッチリ目が合ったのだ。彼らは私がいつも使っている石鹸に噛りついていた。真夜中に石鹸をかじるネズミと目が合うなんて,想像を絶するシチュエーションだ。ちなみに居候先の家族はネズミ退治に役立つという理由でネコを飼っている。親切な彼らは「ネコを貸してあげる」と何度も申し出てくれた。しかし私にとって,ノミもネズミも超越したこの世で一番怖い動物はネコなのだ。ネコと共に夜を過ごすくらいなら,ネズミと真夜中に目が合うことを選ぶ。こうして私の眠れない長い夜が続くのである。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。