毒入りピラウ?の正体(タンザニア)

藤本 麻里子

私の調査地、タンザニア西部、キゴマ州の農村へは、タンガニイカ湖を南下してザンビアのムプルングまで寄港する国際フェリー、リエンバ号に乗船する。リエンバ号では2段ベッドと洗面台、クローゼットなどがついた定員2名の1等客室が最も快適だ。上階にあり、風通しも良くて涼しい。リエンバ号に乗船するときには、いつも1等のチケットを買っていた。

  湖に停泊するリエンバ号

ところが2012年の調査時には、1等はすでに満室で2等船室しか空いていなかった。2等船室は船のかなり下の階にあり、2段ベッドが2つ入った4人部屋で、各自ベッドの上だけが占有できるスペースとなる。機械音がうるさく、また風通りが悪いので暑い。それでもしっかり部屋があり、ベッドで寝られるならいい。3等以下は甲板や通路に居場所を見つけるしかないのだから。私が2等のチケットを買ったと聞き、キゴマの街でお世話になっている家族のママがこんなことを言い出した。

「4人部屋なんて危ない。1等は白人観光客と相部屋だろうけど、2等はきっと村人と一緒になるわよ。女性だからといって安心しちゃダメ。白人と違ってタンザニア人は女性だって物を盗むんだから。」

自分だってタンザニア人女性でしょ・・・とは言えない私。さらには、

「もし相部屋の女性が食べ物をすすめてきても、絶対に食べちゃダメよ。毒が入っていて、あなたが昏睡している間に何もかも盗まれちゃうわよ。」

とのこと。それはいくらなんでも心配しすぎでは?と思いつつ、私も不安になってくる。確かに海外調査中は、見知らぬ人は警戒するに越したことはない。ママの忠告にも一理あると納得し、初の2等船室での船旅に向けて心の準備を整えた。

2等船室では、私の目的地よりさらに先のA村まで行くという2人連れの女性と、A村よりさらに遠いB村まで行くという単身の女性と相部屋となった。A村を目指す2人連れの女性のうちの1人は3,4歳の女の子と1歳ほどの乳児を伴っていた。大人女性4名、乳幼児2名での旅となった。

出航してしばらくした夕食の時間、私は上階の食堂に行こうかどうしようか迷っていた。すると、子連れの母親が荷物から保温ポットを取り出し、食事の準備を始めた。保温ポットにはタンザニアの炊き込みご飯、ピラウが入っていた。母親は子どもたちに食べさせる準備をしながら私にも、どうぞと声をかけてくれた。香辛料で全体的に色づいた炊き込みご飯。牛肉もたくさん入っている。いい香りだけれど、キゴマの友人たちの忠告が気になる。でも、子連れのママが子どもにも食べさせながら勧めてくれているわけだし、きっと大丈夫だろう、そう思ってご相伴にあずかることに。少し緊張しつつ、初対面の女性から勧められたピラウは、黒っぽくて洗練されているとは言い難い外見からは想像がつかないくらい美味しかった。もちろん、食後私は昏睡することも気分が悪くなることもなく、毒入りピラウの警戒は杞憂に終わった。

調査村に着き、フェリーでの経緯を話すと、ホストファミリーのママがピラウを作ってくれることに。ピラウに入れる野菜もお肉も人それぞれで、色んなバリエーションがある。このときは山羊の肉と玉ねぎが入ったシンプルな山羊肉ピラウを作ってくれた。調理の過程をずっと観察していた私は、あの黒っぽい色の正体を見た。村の市場で1セットにして売られている、カルダモン、クローブ、シナモン、ニンニク等々のスパイスをまず鍋で炒る。一部が黒く焦げたスパイスを今度は小ぶりな臼と杵で挽いていく。こうして黒い粉末となった香辛料ミックスは、米と山羊肉と玉ねぎに加えて一緒に炒めた後、水を加えてじっくり炊き込まれる。すると、薄黒くて見た目はいまいちだけどとっても美味しい山羊肉ピラウになるのでした。毒入りピラウかと警戒したフェリーの牛肉ピラウも、きっとママがこうやって手間暇かけて調理したものだったのでしょう。

  炒って黒く焦げた各種スパイス

  臼と杵でスパイスを挽く

  スパイスを加えて米と具材を炒める

  炊き上がったピラウを取り分ける