煮る技術が支える熱帯林の食生活(カメルーン)

大石高典

食べ物を煮るためには、土器や鉄器などの火に耐える器がなければならない。アフリカ熱帯林では、焼きもの、蒸しものをするには、クズウコン科植物の葉に肉や魚、昆虫などを入れて焚火に入れる包み焼きという便利な方法があるが、太平洋・オセアニア地域で見られるような焼き石を水に入れて食べ物を煮るといった類の料理はない。生の樹皮を鍋代わりに使っても、煮ることは可能かもしれないが、限界があると思われる。カメルーン北部の一部を含むアフリカの広い地域で、今でも土器が使われているようだが、同じカメルーンでも南部、東南部から隣国コンゴ共和国北部の熱帯林地域では、かつて農耕民女性たちが粘土から自ら造ったと言う土器はすでに使われなくなっており、鍋と言えば鉄製の工業製品のことを指す。村だけでなく、森のキャンプでも、川のキャンプでも、どこへ行くにも鍋は必需品である。

鉄製の鍋は、高級品である。バクウェレ人やバカ人の女性たちは、この鍋をとても大事にする。鍋を満足に買ってくれることというのは、服を満足に買ってくれることと並んで、「良い夫」の条件の一つでもあるらしい。調理の後の食器や調理具の洗浄、手入れは子供、特に女児の仕事である。早朝水辺に行くと、彼女たちが時間をかけて丁寧に鍋にこびりついたお焦げを取っているのに出くわす。キャッサバやコメのおこげ残飯があれば、それを目当てに小魚が集まってくるので、洗い場のすぐそばで釣りをする男児もいる。焚火での調理なので、食事の準備をするたびに鍋に煤が着く。私などは毎回それを落とすのが面倒で、日本から持参したコッフェルが真っ黒になっても平気でそのまま使っているが、何という怠け者かと思われているに違いない。

この地域の煮る料理には、それぞれフランス語で、「ブイヨン」と呼ばれるスープに類したものと、材料をどろどろになるまで煮込む「ソース」があり、そして調理の過程で煮ることが大変重要な役割を果たす調理法がある。

まず、煮る料理の話をする。日本の汁ものや煮物は、いずれも水っぽいものが多いが、アフリカの煮ものは概してどろどろしたものが多い。とくに「ソース」はそういったものであり、ほとんどゲル状のものもある。決まって、ヤシ油かサラダ油を入れ、トウガラシをきかせる。西アフリカから中部アフリカにかけて最も一般的なものはトマトの缶詰をベースにしたソース料理である。このほか、カメルーン東南部では、オクラやモロヘイヤ、ロゼイユの葉っぱ、カカオの果皮などなどの栽培植物を煮込んだり、生のままのイルビンギア・ナッツを磨り潰す「ナンデー」など、外来作物から森林産物までをフル活用して調理される様々なねばねばソース(Komatsu, 1998)がことに好まれる。ねばねばソースは、キャッサバ粉を練ってつくる練り粥によく絡まって食べ易い。私はいつもとろろ芋たっぷりのマグロの山かけ丼を連想しながらおいしく頂いている。一方、日常的に食される「ブイヨン」は、塩とトウガラシに、あればタマネギとマギー・ブイヨンを少量加えて煮るシンプルな料理である。狩猟キャンプや漁労キャンプで調理される獲れたての獣肉や魚のブイヨンは最高の味である。これら煮る料理は、生のまま、あるいは焼いても、蒸しても食べることができる食材の調理のレパートリーの一つであり、食文化を豊かにしていると言えよう。

次に、煮る技術が熱帯林の生活に重要な貢献をしていると思われる葉っぱ料理を紹介したい。ずいぶん以前から、熱帯林での農耕生活では動物性たんぱく質が不足し易いと言われてきた。狩猟や漁労によって人々は、野生動物にたんぱく質を求めるが、獣肉も魚も取れない、おかずのない時期が続くことがある。そんなときに大活躍する食材がある。イモ作物キャッサバ(Manihot esculenta Crantz, トウダイグサ科)の葉っぱとグネツム属の野生植物ココやカレ(Gnetum africanum Welw., Gnetum buccholzianum Engl., グネツム科)の葉っぱ(注1)である。

キャッサバは、南アメリカ原産の多年生木本作物で、大航海時代にヨーロッパ人によってアフリカに持ちこまれた。大西洋岸からコンゴ川を遡って、コンゴ盆地に広がる熱帯林の隅々にまで伝播したと言われている(安渓、2003)。根茎のイモから主食となる炭水化物が取れるだけでなく、若い葉っぱには乾燥重量100グラム当たり32.5〜39.4グラム(Yeoh and Chew, 1976)と、とりわけたんぱく質が豊富に含まれていて、おかずになるすぐれものの作物である。キャッサバは貧栄養の土壌でも生育し、害虫にも強い。しかし、人間が利用する上で一つ課題がある。収量が多く育てやすい有毒種のキャッサバには、青酸配糖体の毒が含まれていることである。キャッサバ芋の毒抜き法には、「水溶法」、「酵素による分解法」、「酵素失活法」、など様々な方法がある(安渓、2003)。青酸配糖体は、芋だけではなく葉っぱにも高濃度に含まれる(Silvestre and Arraudeau, 1984)が、水に溶ける性質を持ち、また細胞壁の中にはリナマラーゼという分解酵素が存在する(安渓、2003)。これを踏まえると、葉っぱの毒抜きの要点は、ひたすら細かく葉っぱの細胞組織を細かく潰して酵素による青酸配糖体分解を促進させるとともに、ひたすら煮ることにより残った青酸配糖体を水の中に溶かし出して捨ててしまう(煮こぼす)ことである。

写真1:キャッサバの葉っぱ(写真:大石高典)

キャッサバの若葉は摘まれた後に、茎など食べられない硬い部分を取り除いた後、杵で徹底的に搗かれる。十分に搗いた後、多めの水で数十分から一時間近くぐつぐつと煮る。煮こぼした葉っぱは水分を絞って、ヤシ油で炒めた後、再度杵で搗く。煮ることで可溶態の青酸配糖体を取り除く。搗くことにより、毒抜きが容易になり、繊維がほぐれて触感がよくなり、味しみがよくなる。出来上がった葉っぱ料理は、リンガラとバクウェレ語でポンドゥあるいはサカサカ、バカ語でジャブカと呼ばれるが、カメルーンだけでなく、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、ガボン共和国などコンゴ盆地の熱帯林地域で広く食されている定番料理である。

写真2:摘みたてのココの葉っぱ(写真:大石高典)

写真3:ココの葉を千切りにする(写真:大石高典)

ココやカレの葉っぱも、キャッサバの葉っぱほどではないものの、乾燥重量100グラムあたり16.5〜18.2グラムとたんぱく質を豊富に含む(Mialoundama, 1993)。キャッサバの葉っぱは、畑で容易に収穫されるが、ココの葉っぱは、森林のギャップや焼畑周辺で採集される。採集は、女性の仕事である。日当たりのよいところを好むつる植物のココを摘むために、女性たちは木登りも厭わない。ココのごく若い新芽は、生でも食べられるが、そういう葉っぱは多くない。古い葉は、ごわごわとした和紙のようである。家族の腹を満たすにはかなりの量のココの葉が必要になる。採集されたココの葉は、やはり食べられない部分が捨てられた後に分厚く重ねて束ねられ、良く研いだナイフで0.5〜数ミリメートル程度に千切りにされる。千切りにされたココの葉はじっくりと煮て調理される。ココの葉には毒は含まれないが、細かく千切りにすることとともに、じっくり煮ることで硬い繊維も軟らかくなり、消化しやすくなる。ココの葉は、落花生や森林産物であるパンダ・ナッツを磨り潰したペーストと一緒に調理すると大変おいしい。肉や魚、昆虫を入れれば、なおおいしいが、それらがなくても食べられないことはない。

写真4:ココを入れた煮込み料理の出来上がり(写真:大石高典)

キャッサバとココの葉っぱは、ともに中部アフリカの熱帯林地域に棲む人々にとって、欠かせないたんぱく源であり、生存を支える食べ物になっている。最近、野生動物の減少や、「熱帯林の生物多様性保全」を目的とした狩猟活動をはじめとする森林内での生業活動への規制強化にともなって、コンゴ盆地の各地で従来からの端境期に加えて獣肉も魚も手に入りにくい時期が増えていることが報告されるようになっている。特に、わざわざ遠くから運ばれてきた冷凍の家畜肉や海水魚など購入する手段も余裕もない、村棲みの農耕民や狩猟採集民にとって、これら身近に得られる植物性食物からのたんぱく質摂取の重要性は今後ますます高くなってゆくことだろう(注2)。これらの葉っぱは、煮ることなしには、食べることができない。煮る技術は、食文化を豊かにするだけでなく、森に生きる人々の生存を下支えする大事な役割を担っているのである。

(注1)ココは、カメルーンではフランス語圏における呼称である。ナイジェリアの一部を含む英語圏では、同じ植物がエルと呼ばれる。人口稠密なカメルーン西部、北西部地域ではエルの栽培法も編み出され、盛んに生産されてナイジェリアに輸出されている。
(注2)キャッサバとココの葉は、むろんカメルーンの都市住民や、欧米に居住するディアスポラの人々にとっても人気のある食材である。キャッサバの生葉は西アフリカのトーゴやベナンから、ココの乾燥葉はカメルーンやナイジェリアからヨーロッパに毎日空輸され、パリやブリュッセルのアフリカ人街で頻繁に目にすることができる。

参考文献:

  • 安渓貴子 2003. 「キャッサバの来た道—毒抜き法の比較によるアフリカ文化史の試み」吉田集而、堀田満、印東道子編、『イモとヒト:人類の生存を支えた根栽農耕』、平凡社。pp. 205-226.
  • Komatsu, K. 1998. The food cultures of the shifting cultivators in central Africa: the diversity in selection of food materials”, African Study Monographs, Suppl. No. 25: 149-178.
  • Mialoundama, F. 1993. Nutritional and socio-economic value of Gnetum leaves in Central African forest. Hladik, C.M.Hladik, A.Linares, O.F.Pagezy, H.Semple, A.Hadley, M. (eds.), Tropical forests, people and food: biocultural interactions and applications to development, pp. 177-182. UNESCO and Parthenon Publishing Group.
  • Silvestre, P. and M. Arraudeau, 1984. Le manioc. Collection Techniques Agricoles et Productions Tropicales, X XXII. G.P. Maisonneuve & Larose, Paris, France.
  • Yeoh H. H. and M. Y. Chew, 1976. Protein content and amino acid composition of cassava leaf. Phytochemistry, 15: pp. 1597-1599.

 

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。