笠原望
私が通うザンビアの農村には、もうひとりの私がいる。名前はデボラ(仮名)。4歳の女の子だ。私が母から聞かされてきた幼い頃の自分とよく似ている。母によると、食事の最初から最後まで食卓から離れず、とにかく食いしんぼうだったらしい。
デボラも同じだ。食事の支度が始まると、誰よりも早く自分のお皿を地面に引きずりながら持ってきて、おばあちゃんの横にちょこんと座る。出来たてのごはんを盛ってもらうと、お姉さんたちに手伝ってもらいながら、自分の定位置まで慎重に運んでいく。
もちろん、一回では足りない。食べ終わるとすぐに「おかわり!」。もらえるまで大泣きするのに、おかわりをもらえた瞬間、さっきまで泣いていたことなど忘れたかのように黙々と食べ始める。食べ終わったお皿は毎回ぴかぴかで、お腹はいつもはちきれそうに膨らんでいる。

写真1 夕食でお腹がいっぱいになって眠ったデボラ
そんなデボラには、さらに一つ得意技がある。近所の家ですでにごはんを食べたあとでも、何事もなかった顔でおばあちゃんの家へ戻り、「まだ食べてないよ」と言わんばかりにもう一度ごはんをもらおうとするのだ。同年代の子どもたちは「さっき食べたじゃない!」と文句を言うけれど、事情を知らないおばあちゃんは、求められるままにお皿へごはんを盛る。そのようすを見ていると、つい笑ってしまう。
デボラは、農村で暮らす彼女のおばあちゃんにあずけられ、お母さん(おばあちゃんの3番目の娘)とは離れて暮らしている。デボラのお母さんは、デボラのお父さんと離婚して新しいパートナーと街で暮らし、村にはほとんど帰ってこない。
私がはじめてデボラに会ったのは2023年の年末だった。まだ2歳になったばかりだった彼女は、突然現れた髪の質感や肌の色が違う私を不思議そうに見つめ、おばあちゃんに抱かれたまま、小さな手でぺたぺたと何度も私にふれてきた。
翌年に会ったときには、私のことなどすっかり忘れていて、人見知りをするようになっていた。それでも、おばあちゃんに背負われて畑や水くみに出かけるうちに、少しずつ距離は縮んでいった。
やがて、おばあちゃんは家事のあいまにデボラを私の背中へあずけるようになった。彼女は私の背中でよく眠り、何度もおねしょで私の服を濡らした。その頃から、デボラと私は一緒に過ごす時間が長くなっていった。
2025年、村に滞在していたある日のことだった。
私が家族と水くみに出かけようとすると、デボラが突然「私も持つ!」と言って、小さいコンテナを抱えてきた。まだ4歳。からのコンテナなら持てるようになったものの、水を入れて運ぶには早いように思えた。
「まだ無理よ」
おばあちゃんが止めても、デボラはゆずらない。
「持つ」
その表情は真剣だった。
結局、おばあちゃんが折れ、水場までコンテナを持っていくことになった。
水場で水をくみ、帰路につく。デボラのコンテナには半分ほどしか水は入れられていなかった。それでも小さな手でしっかり持ち、一歩一歩、前を歩くおばあちゃんと叔母のあとを懸命についていく。途中で「持って」と言うことも、投げ出すこともなかった。その姿を見て、私は思わず胸が熱くなった。

写真2 水の入ったコンテナを運ぶデボラと前を歩く叔母
はじめて会ったときは、おばあちゃんの腕の中で私を不思議そうに見つめていた小さな子だった。次の年には私の背中ですやすや眠り、そのまた次の年には、自分の力で水を運ぼうとしている。
フィールドワークをしていると、自分が滞在先の村の人たちと出会ってから積み重ねてきた時間を実感する瞬間がある。私にとってそのうちの一つが、子どもたちの成長を感じるときだ。フィールドノートに書いた数字や記録だけでは見えてこない時間がある。昨日までできなかったことが、今日はできるようになっている。その小さな変化を見るたびに、心がじんわり温かくなる。
夕食の席で、おばあちゃんに「最近、デボラはずいぶんお姉さんになったね」と話すと、「もうすぐ弟が生まれるんだよ」と教えてくれた。街で暮らすお母さんに新しい家族ができ、出産前後は村で過ごす予定なのだという。デボラは、お母さんに会える日をずっと心待ちにしているらしい。
次に村を訪れるころには、デボラはどんなことができるようになっているのだろう。弟ができ、またひとつお姉さんになっているだろうか。その姿に会える日を、私はいまから楽しみにしている。





