岩井雪乃
ゾウパトロールは、辛い仕事だ。日中の農作業や家畜の世話で疲れていても、夜に家で休むことはできず、夕食後には畑を守るために出発しなければならない。アフリカといえども、標高1000mを超える内陸部では、夜は冷え込む。休憩時間に火を焚いて暖をとるが、それでも寒さに震える。

焚き火は暖かい
雨の日もある。雨でもパトロールは休めない。「雨の日もゾウは来るのですか?」とよく聞かれるが、村人に言わせると「雨の日こそヤツらはやってくる」のだ。ゾウは、賢いし、聴覚や嗅覚などの感覚は人間を遥かに上回っている。雨が降ってくると人間が屋内に避難することは、ゾウにはすぐにわかるし学習する。そのため、雨に濡れてビショビショになり、さらに寒く凍えながらも畑のそばで過ごさなければならない。

雨の日用レインコートも支援物資として喜ばれる
そして、寝不足が続くのが一番辛いところだ。毎晩8時から朝4時までパトロールを続けるため、寝る時間は数時間しかない。睡眠不足のために、日中の農作業の効率は悪くなるし、病気にもなりやすくなる。ある村の追い払い隊のチーム名は、「Hakuna kulala」(スワヒリ語、意味は「寝る暇はない」)とついているぐらいだ。

夜通しパトロールを続ける追い払い隊
こんなに大変な仕事なので、追い払い隊の仲間たちは、パトロールが好きではない。「できるならやらなくていい状況になってほしい」、つまり「ゾウが来なくなってほしい」と思っている。
そんなみんなには申し訳ないのだが、実は、私は、この夜のパトロールが大好きなのだ!夜になると、早くパトロールに出かけたくてウズウズしており、仲間たちから呆れられ、ちょっと困られている。
パトロールの何がそんなに好きなのか?何が魅力なのか?魅力ポイントはたくさんあるのだが、ここでは重要な2つを紹介しよう
魅力ポイント①は、「自然との一体感」だ。パトロールの時は、ゾウを探すために静かにしなければならない(関連エッセイ暗闇でゾウを「聴く」) 。そうすると、さまざまな動物の声や虫の声が聞こえてくる。「ウォー」という低いライオンの咆哮、「ウーウィッ」という高いハイエナの鳴き声、「ヒヒン、ヒヒン」というシマウマの騒ぎ声、「リーンリーン」という鈴虫のような声、「ケロケロケロ」というカエルの声など、さまざまな生物が、視覚では見えないけれど、同じ草原の中にいることが感じられる。そして、その中にゾウも潜んでいて、やはり同じ大地の中にいるのだ。そんな自然の豊かさが、夜だからこそ感じられるし、自分もその一部になっていることに至福を感じずにはいられない。
魅力ポイント②は、「追い払い隊の仲間との一体感」だ。普段おしゃべりなメンバーたちだが、パトロール中はみんな黙っている。耳を澄ましてゾウを探すことに集中する。この時の「無言ながら同じ目的に向かっている一体感」が大好きなのだ。
そんなパトロール中に、一枚の絵のような、忘れられない光景に出会ったことがある。
その日は、満月の2日後、十七夜だった。パトロールを始めた夜8時ごろは、まだ月がなく真っ暗で、満点の星が輝いていた。私が無数の星にみとれている間も、みんなは星に関心はないのでさっさと歩いていってしまう。かれらは、ゾウに見つからないように懐中電灯をつけない。一方、私は、暗闇で見えないので小さな懐中電灯をつけさせてもらい、なんとか転ばないように、必死にみんなのあとを追いかける。
そして、9時ごろになると月が昇ってきたのだ。少しだけ欠けているけれど、まだまだ大きい十七夜の月はとても明るくて、それまで真っ暗だった草原に、仲間たちの影がくっきりと映った。無言で草原を歩き続けるみんなの姿は、周囲の景色と一体となって絵のように美しかった。こんな光景は、めったに見られるものではない。胸がキュンとした瞬間だった。

生成AIで作成してみた。本物の美しさには遠くおよばないが、イメージはこんな感じ
いつも寒くて濡れて、ゾウに襲われそうになりながら必死で走って、辛いことの多いパトロールだが、時々、このような思いがけないご褒美に出くわす。それが忘れられず、「また何か素敵なことが起こるのではないか?」そんな期待で、私はいつもパトロールを楽しみにしているのだ。
日本にいる今も、仲間たちとパトロールに行った夜を思い出している。東京では、電気が明るくて、月の大きさなんて気づかない生活なのが淋しい。もうすぐタンザニアに行って、村でパトロールに行ける。その日が待ち遠しい。






