赤いソウルフード:ゾウに脅かされるウガリ

岩井雪乃

「これを食べると『家に帰ってきた』って実感する」そんなソウルフードが、みなさんにもあるだろうか?
私にとってそれは、「赤ウガリ」である。

赤ウガリと肉スープ

ウガリとは、タンザニアをはじめ、アフリカの多くの国で食べられている主食で、穀物の粉をお湯で練った団子状の料理である。スワヒリ語では「ウガリ」、南部アフリカでは「シマ」と呼ばれている。手で一口分のウガリを握って丸め、真ん中を少しくぼませて、そこにおかずのスープをつけて食べる。タンザニアで最も一般的な食事だ。

このウガリ、多くの地域でトウモロコシを原料としているため、ウガリといえば「白い色」である。しかし、「アフリカゾウと生きるプロジェクト」の活動地・セレンゲティ県のウガリは、赤い色の「赤ウガリ」なのが特色だ。セレンゲティの人々は赤ウガリが大好きで、白ウガリと赤ウガリの選択肢があれば赤ウガリを選ぶのが当たり前。赤ウガリは、「ウガリ ヤ ニュンバニ(家のウガリ)」とも呼ばれて、人々のソウルフードになっている。

トウモロコシの白ウガリ

なぜ、セレンゲティのウガリは赤いのか? その理由は、使っている穀物がソルガム(和名モロコシ)だからである。ソルガムは、トウモロコシの仲間の作物であるが、トウモロコシよりも乾燥に強い。降水量が少ないセレンゲティ県では、干ばつに耐えられるソルガムを好んで栽培しているのだ。

手前は収穫したソルガムの穂、奥は脱穀したトウモロコシ

そして、赤ウガリには、ソルガムに加えてキャッサバ芋の粉も混ざっている。ソルガムだけでは、少しジャリジャリした荒い食感になってしまうため、粘り気の強いキャッサバ粉を入れることでなめらかさを出す。これによって、赤ウガリは、おもちのようなモチモチした仕上がりになる。これが、白いトウモロコシ・ウガリにはない食感で、私も大好きである。また、赤ウガリは、白ウガリよりも粘り気が強いため、ずっしりと重たく、お腹にたまりやすい。腹もちの良さも、人気の秘密である。

しかし、このソウルフードを脅かしているのが、やはりこの地域の問題であるゾウだ。農民のみんなの体感では、ソルガムは、トウモロコシよりもゾウの被害に遭いやすい。おそらく、トウモロコシは実が皮(葉っぱ)に包まれているのに対して、ソルガムは実が露出しているので、おいしそうな匂いがより強く発散されていると思われる。鼻のいいゾウは、この匂いに引き寄せられてくるのだろう。

実ったソルガムの穂

ゾウに襲われたソルガム畑、10本ほどの茎を鼻でまとめて食べてしまう。茎の先端には実がないのがわかるだろう

トウモロコシ畑、ゾウに食べられる前に早熟なうちに収穫しているところ

そのため、トウモロコシを育てられる雨量がある地域では、ゾウの被害に遭いやすいソルガムからは撤退し、トウモロコシを栽培するようになる。雨量が足りなくてソルガムしか育てられない地域は、ゾウの被害に心が折れて、農業そのものをあきらめる農家も多い。

私が25年前から通っているロバンダ村は、雨量の制約からソルガムを主に栽培してきた。しかし、ゾウ獣害のために、今ではほとんどの人が農業をあきらめた(牧畜業や小規模商業へ移行)。私の村のママも10年ほど前に農業をやめて、牧畜業で生計を立てるようになった。今はトウモロコシを買って、それでウガリを料理している。栽培量が少ないソルガムは、なかなか入手できないので、トウモロコシ中心の食事になる。私が行くとママは、「ユキノが好きな赤ウガリを食べさせてあげられなくてごめんね」と申し訳なさそうに言う。

日本で料理した赤ウガリ

今年の9月にセレンゲティでの活動を終えて帰国する時、メレンガ村のゾウ追い払い隊・隊長が、おみやげに赤ウガリの粉を持たせてくれた。メレンガ村では、まだまだがんばってゾウを追い払い、ソルガムを育てて、毎日みんな赤ウガリを食べている。追い払い隊のみんなが、命がけで守って(エッセイ「暗闇でゾウを聴く」)収穫までこぎつけたソルガムとキャッサバ。ありがたくて、粉が重たく感じる。

今日は、これを料理して食べよう。追い払い隊のみんなの汗と涙の結晶。わずかながら、私も一緒にゾウを追い払った成果!ますますおいしく感じる、ソウルフードの赤ウガリ。