手作りボールで人づくり、国造り

中川宏治

私は、2008年の8月から、ケニアのメルー国立公園で青年海外協力隊として環境教育に取り組んでいる。2009年11月にフラミンゴの生息地として世界的に有名なナクルにおいて、国立公園を管轄するケニア野生生物保護公社(KWS)の運動会が開催される。その本大会の地区予選(選抜試験)として、国内の11の保護区の一つ東部保護区(Eastern Conservation Area)の大会がメルー高校で開催され、私はサッカーの選抜試験に出場した。

KWSのサッカー大会で真剣に戦う選手たち

私は、45分ハーフ90分の試合に出場したが、日頃の運動不足のため、前半30分に交代させられた。それにしても、彼らの体力はすごい。例えば、今回の予選では、サッカーの他に中距離走の種目があったが、1,500mでは2名の選手が、土のグランドで陸上用スパイクなしという悪条件にも関わらず、高校生の日本記録のペースで走っていたことには驚いた。KWSには、ツァボ西国立公園に近いマニャニという町に準軍事訓練を行う施設があり、各国立公園に配属する前の新規採用職員や昇進する職員がここで数ヶ月から9ヵ月の訓練を受け心身を鍛えることはあるものの、普段は日本で国立公園を管理する職員と同じように業務に取り組んでおり、スポーツ選手のように日頃から体を鍛え上げているわけではない。しかしながら、サッカーの試合中、彼らは底なしの体力で、チームワークも良く、声もよく出していたし、競り合いでは粘り強かった。私が落選したのは不思議なことではなく、試合が終わってから、なぜケニアのナショナルチームは国際試合で勝てないのかと、ふと不思議に思った。

ケニアでは、サッカーは最も人気のあるスポーツの一つだ。私の家の近所では、子供たちがビニールと紐で作った手作りのボールを裸足で追いかけている姿をよく見る。

手作りのサッカーボールは子供たちの宝物である

それにしても、ナショナルチーム「ハランベスターズ」(Harambee Stars)や国内のクラブチームの試合は人気がない。職場のレンジャーはサッカーの試合の話をよくするが、そのほとんどは欧州のチャンピオンズリーグに関するものだ。私の任地には貧しい人々が多いが、住民の男性が「おまえは、ヨーロッパのどこのチームを応援しているんだ? 俺はマンチェスターのファンだ」などと話しかけてくることもあり、家にテレビを持っていない人でさえ、ヨーロッパのお気に入りのサッカーチームを持っている。ケニアのサッカーは、技術レベルが低いだけではなく、国民からも見放されているように感じることがある。

なぜケニアのクラブチームやハランベスターズは人気がないのか。サッカーの試合が終わった後、選手に一人にその理由を聞いてみると、ケニアに2つあるサッカー協会に問題があるという。ケニアには、Kenya Football Federation(KFF)とFootball Kenya Limited(FKL)の2つの組織がある。

1960年に設立されたKFFは、ハランベスターズの代表選手を編成し、チームの運営を担当している。 またケニアの一部リーグ「Kenya Premier League」 (KPL、2003年10月設立) とそこに登録されている国内の16のクラブチームはKFFおよびFKLに加盟している。なお、ケニアにはKPLの下に、二部リーグ「Nationwide League」があり、両リーグに所属するクラブチームは合計32チームで、約800人の選手が登録されている。また、この2リーグ以外に、KFFが運営するリーグがナイロビとモンバサにある。

FKL は、KFFの杜撰な業務運営や組織的不正、汚職体質が、国内のサッカーの振興に与える悪影響を回避するため、国際サッカー連盟FIFAが2008年11月に設立した新しい組織で、事実上、KPLを運営・管理している。しかし、本来FKLからの分配金、入場料およびスポンサー料から支払われるKPLの所属チームのコーチの給料に関して、その負担の一部を政府に求めるなど杜撰な経営体質が明るみになり、また近年の不況によりスポンサーが次々に撤退するなど、運営上の課題は山積している。さらに、代表チームの国際試合の成績不振は、国内選手の育成に関して、リーグとしての工夫や努力を怠っているからであるという厳しい意見もある。このような批判を背景に、KFFは、FKLから国内リーグの利権の奪取を目論んでいるという。

国内に併存する2つの統括団体、KFFとFKLの利権争いがマスコミに頻繁に取り上げられているが、それ以外にも「KFF内部での権力争いに起因する頻繁な幹部の配置転換により、長期的な選手の育成が困難である」「代表選手の選考委員会において、委員が好みの選手を選ぶため、実力のある選手が選ばれない」「代表監督が怠慢で、試合の1週間前からチームに合流することもある」といったマスコミの報道が両協会に対する批判的な民意を形成している。

さらに、各クラブチームも問題を抱えている。各長引く不況の影響で、多くのチームでスポンサーが撤退し、厳しいチーム運営が続いており、KPLの所属チームの中でユースチームを持っているのは、Mathareスラムを拠点とするMathare UnitedとSofapaka FCの2チームのみで、サッカーの最高峰欧州リーグで活躍しているケニア人選手のほとんどはMathara Unitedのユースチームの出身であるという。このように、若手選手を育成するためのユースチームが少ないことは、多くのセカンダリースクールで部活動が停滞しており、年1回開催されるインターハイでも直前に選手を寄せ集めてチームを編成している現状を考えると、ケニアでの選手育成の体制の大きな欠陥であると言える。

このように、ケニアのサッカーを振り返ってみると、恵まれた身体能力を十分に生かしきれないもどかしさが覚えてしまう。しかし、一方で、グラウンドでサッカーを楽しむ子供たちの姿から、ケニアの社会的問題の解決につながる可能性を感じることがある。

ケニアで活動する協力隊員の取り組みに、「ハートにシュート!!」と名付けられたサッカーのイベントがある。学校の生徒と一緒にサッカーを楽しみながら、スポーツを通してチームプレーの大切さなどについて気づき、学ぶことを目的とする。目に見える成果を期待することは難しいが、子供たちにとっては試合中にさまざまな成長のチャンスがあり、このような活動にこそ、協力隊員の醍醐味を味わうことができる。味方の選手がボールを持ってドリブルすれば、周囲の選手は自分の位置を的確に知らせるために声を出すこと、味方の選手が好プレーを見せた場合、「ナイスプレー」「センキュー」といった声をかけて雰囲気を盛り上げること、相手選手が反則で倒された時は、謝ったり、手を差し伸べたりできるような寛容さを持つこと。このような態度は、たとえグラウンド以外の場であっても、美徳として評価されるべきものである。

ケニアのサッカー界を取り巻く問題の多くは、サッカーに限ったものではなく、ケニア社会全体に共通する課題である。私は時々、手作りのボールを蹴る彼らの姿に、ケニアの未来に向かって伸びる一筋の光を見るような気がすることがある。ケニアのサッカー界の暗い現実とは別に、ケニアには日常的にサッカーを楽しむ多くの子供たちがおり、彼らがサッカーを通して何か学びとり、ケニアの未来を良い方向に導いていくことを願っている。

東アフリカ最大のスラム「キベラスラム」で子供たちに指導する協力隊員の方々(日本大使館主催)

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。