田中優花
ガーナの首都アクラから調査地まで、スモールカーと呼ばれる普通車の5人乗りタクシーで移動していたときのことだった。
運転手1人、乗客は4人。
わたしの真横には、無口な30代くらいの男性が座っていて、その隣に小さい赤ちゃんを連れた女性が乗っていた。
目がくりくりで、ぷくぷくした腕と脚に小さいビーズのブレスレットをつけた、生後1年も経ってなさそうな赤ちゃんだった。
ガーナの赤ちゃんの手。写真ではつけていないが、生まれてすぐ、この小さな腕にミニサイズのブレスレットをつけることが多い。
わたしと横並びに座った2人の乗客は別々に乗車してきたようで、会話を交わすこともなく、夫婦というわけでもなさそうだった。
アクラから出発し、いつもひどい渋滞をする地点で、見事に渋滞に巻き込まれた。
車が止まって、外は蒸し暑いのにエアコンの効かない埃っぽい車内で過ごすこと、2時間。
これまではおとなしくしていた赤ちゃんが、とうとうぐずりはじめてしまった。
首都アクラでの渋滞の様子。この状態になるとなかなか車が進まない。
わたしは、心の中で「渋滞ほんといやだよね。ずっと車だとしんどいよね。」と赤ちゃんに同情しながら、その子のお母さんに対しても、「泣いててもぜんぜん気にしないよ」、という気持ちを込めてアイコンタクトを送った。
自分にできるベストな気遣いをしたつもりだったが、その遥か上を行く行動をとった人がいた。
これまでずっと、わたしと女性に挟まれた位置で、静かにスマートフォンを触っていた男性が、女性の膝からひょいっと赤ちゃんを持ち上げ、ぐずるその子のお腹に口をあて「ブーーーッ」っと唇を震わせたのである。
男性のおかげで赤ちゃんも少しご機嫌になり、その子のお母さんも安心したように、自分の子を完全にその男性にゆだねて、仮眠を取っていた。
私だったら、「自分の唾が子どもについたら嫌がられるだろうか」とか、「知らない人に急に抱っこされたら困るだろうか」とか、いろいろ考えてしまうところだが、この男性は、そんな感覚を超えたところで、ただ目の前でぐずる赤ちゃんをあやしていた。
長い移動時間を終えて、目的地に到着すると、偶然車内で居合わせただけの2人は、それぞれ別々の場所で降りて行った。
日本で公共交通機関を利用していると、小さな子どもを連れた人が、子どもが泣いてしまったときに肩身の狭そうな、申し訳なさそうな表情をしているのを目にすることがある。
インターネット上でも、「子どもが泣いたら電車を降りるべきだ」という意見を見かけるし、実際に車内で子どもが泣いていると、あからさまに迷惑そうな視線を向ける人もいる。
でも、ガーナの車内で男性がとった行動は、そんな窮屈な空気とは無縁だった。
ほんとうにあっさりとしていて、何の嫌味もないものだった。
ガーナの狭い車内で見た、あの「当然」と言わんばかりの、粋なふるまいを思い出すたび、わたしはいまでもキュンとするのである。





